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インバウンド需要を起爆剤に地域経済を活性化へ

地域経済の活性化と東京一極集中是正とは、深く関わりあう課題だ。人口が東京など大都市部に集中することは、都市部での生活インフラの不足などを通じて快適な生活を妨げてしまう面がある。他方、人口流出、人口減少によって地方では社会インフラが余剰となり、それが有効活用されないという問題がある。

こうした社会インフラの偏在が進む中、日本経済全体の効率が低下してしまっている面があるだろう。企業や人が大都市部から地方に移動し、地方の余剰な社会インフラをより活用することで、日本全体の生産性上昇率、潜在成長率をもっと高めることができるのではないか。

ただし、企業や人の地方移転を政府が強制することはできない。長年の課題になっている省庁の地方移転もほぼ進んでいない。そのような流れを作るためには、まず地域経済を活性化し、地方にビジネスを生み出すことで企業や人を吸収する必要がある。インバウンドを地方に呼び込み、観光産業を成長させることを地域経済活性化のきっかけにし、東京一極集中是正につなげていくことも一案ではないか。地方にはまだ埋もれている観光資源はかなり多いはずだ(コラム「次期政権に期待される『地方経済活性化』と『大都市一極集中の是正』:インバウンド需要を起爆剤に」、2024年9月4日)。

石破氏は「地方創生2.0」構想と若い女性に選ばれる地方

さて、この地域経済活性化、東京一極集中是正という経済政策上の重要テーマを、自民党総裁選の候補者はどのように論じているだろうか。

従来から、地方創生を政策の柱に位置付けてきたのは石破氏だ。9月10日に公約を発表した際には、その冒頭で、「地方における可能性を最大限に引き出していく。もう一度、地方創生の原点に立ち返る」と、決意を強く語った。また別の場では、「いつの時代も国を変え、歴史を変えるのは地方であり、庶民、大衆だ。地方には大きな可能性がある」と、地方の重要性を改めて熱く語っている。

石破氏は、「地方創生2.0」構想を掲げる。次世代インターネット技術「Web3.0」を活用して地域間の情報格差をなくし、地方への企業進出を後押しする。デジタルと地方創生の組み合わせで、東京一極集中の是正を実現する構想だという。

石破氏は、「農業、漁業、林業、サービス業の活性化を促し、雇用と所得を創出することが肝要だ」、とも強調している。また、地方の人口減対策として婚姻率を上げることの重要性も指摘する。地方に、結婚適齢期の女性が男性よりも少ない点を問題とし、「若い女性に選ばれる地方とは何かということに絞ったプロジェクトの展開を図りたい」と、女性目線で地方創生を語るという独創性を持っている。

河野氏は高等教育機関の地方移転と少子化対策費の強化を提唱

河野氏は、少子化対策や東京一極集中の是正の対策として、高等教育機関の地方移転を掲げる。「首都圏あるいは近畿圏に18歳で若者が集まってくるという傾向がある」と指摘し、「東大が東京になくてもいいのではないかと正直思っている」と語っている。若者が地方に残ることが、地域経済の活性化や出生率の向上に貢献する、との考えだろう。ただし、政府が高等教育機関の地方移転を促すための補助金や税優遇を相当規模で行わないと、その実現は難しいのではないか。

河野氏は、東京都が豊富な財源を背景に充実した子育て支援策を講じることで、近隣県との間に政策の格差が生じていることも問題視している。格差解消のために「教育費の財源を一度国が吸い上げ、地方へ渡すべきだ」と、税の再配分も提唱する。

さらなる議論の活性化に期待

地域経済の活性化のために、地方への企業誘致を進めることを提唱するのが小林氏だ。小林氏は、「東京一極集中は健全ではない。是正すべきだ」と主張し、そのための対策として、全国に産業クラスター(集積地)を創設して地域の活性化を目指す考えを示している。「地方に産業クラスターをつくって、地方の雇用機会を増やして所得を上げていきたい。地方から経済を活性化していく新日本創造計画を打ち出していく」と語る。

高市氏、小泉氏といった他の候補者からは、地域経済活性化、東京一極集中是正について、積極的な意見は目立って聞かれていない。日本経済の成長戦略として非常に重要なテーマであることから、残された選挙期間の中で、石破氏、河野氏らが主導する形で、一層の議論の活性化が図られることを期待したい。

(参考資料)
「石破茂氏「地方」重視と安定感 原点回帰でも持論は刷新-「ポスト岸田」秋の陣」、2024年9月12日、日本経済新聞電子版

プロフィール

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    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。