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2人が防衛増税に反対

自民党総裁選では、増税の是非が争点の一つとなっている。特に選挙戦序盤から注目されたのは、43兆円の防衛費増額の財源を賄うため、既に閣議決定されている防衛増税を実施することの有無についての議論である。

茂木氏は「増税ゼロ」の方針を掲げ、防衛増税と少子化対策を賄う医療保険料の上乗せ徴収に反対している。茂木氏は、経済成長による税収アップや税外収入の増加で財源は十分確保できるとしている。

防衛増税に関して高市氏も、「現状での増税は経済を失速させる。建設国債による対応を自衛隊にも拡大させ、外国為替資金特別会計の評価益の活用も検討する」と主張している。高市氏は、「需要が供給を上回る本来の物価安定目標に向かう形ができるまでは一切の増税をすべきではない」とし、数年間は(すべての)増税に反対する考えだ。

東京新聞のアンケート調査によると、他の候補のうち5人は、防衛増税の見直しに明確に反対している。林氏は、「2027年度に向け、複数年かけて措置する方針を決定済み」と説明する。加藤氏は「防衛力強化を確実に実行するために必要な政策」とする。河野氏は「必要な防衛力増強のための財源は、安定的であるべきだ」とした。

他方、小林氏と石破氏は、防衛増税の見直しに若干の含みを残している。共同通信のアンケートで小林氏は、「その時点での経済状況で判断する」、石破茂氏は「基本的に現行方針を維持するが、増税については不断に検討、見直しをする」とそれぞれ回答している。子育て支援金徴収についても石破氏は、「経済情勢を注視しつつ適切な対応を検討したい」とした。

消費税引き上げには反対

消費税を巡っては、現時点での増税には全員が反対だ。東京新聞のアンケート調査によると、高市氏は、戦略的な財政出動で雇用や所得を増やし「税率を上げずとも税収を増やす」というのが基本的な考えだ。小林氏も「力強い経済をつくり出すことで税収の増大を図る」とする。小泉氏も、消費税増税は「想定していない」とした。

上川氏も「上げるつもりも予定もない」とする。ただし、「現役世代が急減する40年に向けてあらゆる検討を行う」とした。石破氏も「現時点で増税は考えていない」とする一方、「党税調で議論する」と将来の増税に含みを残した。

法人税率引き上げの議論

21日に開かれたインターネットの討論会では、税制について活発な議論がなされた。石破氏は「法人税は引き上げる余地がある」、「税負担する能力がある法人はまだある。もう少し負担をお願いしたい」と、一部の企業への法人増税について語った。また所得税に関しても、負担能力のある個人への所得増税に言及した。一方で、消費税率は当面維持する考えを改めて強調している。石破氏は、一律の負担増ではなく、負担能力のある人、企業に負担してもらう「応能原則」の考えが強い。

また林氏はビデオメッセージで、「メリハリのある法人税を目指していきたい」、「研究開発したり賃上げしたりした会社に対する減税の効果をさらに増すためにも、全体の法人税の水準を引き上げるのは検討事項だ」と語っている。

小泉氏は、欧州で導入の流れが起きている炭素税創設を検討する考えを示した。炭素税を導入しなければ対欧州貿易で課税されてしまうと指摘し、「国内に環流する形の税を仕込むことが大事だ」と述べた。

茂木氏は、防衛増税には強く反対しているが、内部留保が増える企業を対象に「それを吐き出すような形の課税はあっていい」としている。

メリハリの利いた増減税議論が重要

他方で、減税についての提案も出ている。高市氏は「賃上げする企業の法人税を軽減する税制を抜本的に拡充する」と発言している。小泉氏は「スタートアップ応援税制はしっかりやりたい」と強調した。

賃上げ減税については、安倍政権で導入され、岸田政権で強化されていたが、大幅な賃上げが可能な経営状況の良い企業が手厚い税優遇を受けるという構図になっていないか、再度、慎重に点検する必要があるのではないか。

税制については、増減税の双方向で、環境の変化に合わせてメリハリが効いた形で進めていくことが望ましいだろう。この点から、先行きについて「増税はしない」と決め打つ姿勢は問題ではないか。

責任ある財政運営を

積極財政色が最も強いのが、アベノミクスの継承者とされる高市氏だ。加藤氏や茂木氏も積極財政色を感じさせる。他方、財政健全化を重視するのが、石破氏と河野氏という構図である。

高市氏はワイズスペンディング(賢い支出)となる政府の投資拡大によって成長率が高まり、税収が増加するため、増税は必要ない、との主張だ。茂木氏も、成長率強化によって税収が増えることから、防衛増税や少子化対策のための医療保険料上乗せ徴収は必要ないと主張し、冒頭で見たように「増税ゼロ」を掲げる。

しかし、高市氏は14日の討論会で、財政支出をどの程度の規模で拡大させるのかという代表質問者からの質問には答えなかった。どのような経路で、政府の投資拡大が成長率の向上と税収増加につながるのかについても、詳細な説明はなかった。

茂木氏は、成長率が1.5%高まれば税収が2兆円増え、防衛費増額と少子化対策を賄うことができる、とするが、そもそも成長率が1.5%高まることの具体策やその実現可能性については説明していない。

積極財政で成長率を高めれば、税収が増え財政再建が実現できるという「拡大均衡」の考え方は、従来から多く主張されてきたが、そうした政策の奏功で財政環境が改善した試しはなく、逆に財政悪化が続いてきたのである。

積極財政を主張するのであれば、もっと精緻で納得性のある議論をして欲しい。また、財政再建には成長力強化は欠かせない要素ではあることは確かだが、それだけに頼るのではなく、歳出歳入一体改革の推進も合わせて欠かせない。

そして、政府債務の増加は将来世代を含めた国民の負担増加であり、それは経済の潜在力を削いでしまい、税収減によるさらなる財政悪化という悪循環のリスクを高めてしまうという点を理解する必要があるのではないか(コラム「自民党総裁選討論会:経済政策の具体的な議論は深まらず:高市氏は日銀の利上げに明確に反対」、2024年9月17日)。

(参考資料)
「「防衛増税」立民は全員NO、自民は見解割れる 「消費税増税」は石破氏除く12人が「しない」と回答」、2024年9月22日、東京新聞速報版
「総裁候補、防衛増税「反対」2人-高市・茂木氏、子育て支援金も」、2024年9月22日、共同通信ニュース

プロフィール

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    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。