政府の「高齢社会対策」を議論の起点に
医療、介護、年金などの社会保障政策については、国民の関心が非常に高いテーマである。しかしながら、自民党総裁選の中では、その議論が十分に深められているとは言えない。国民の反発を恐れて、候補者が負担の議論に踏み込むことに及び腰になっていることが、活発な議論を妨げている面もあるのではないか。
政府は9月13日に、高齢化対策の中長期指針である「高齢社会対策大綱」の改定を閣議決定した(コラム「高齢者の働く意欲を削ぐ在職老齢年金の見直し検討:自民党総裁選でも社会保障制度改革の議論を深めよ」、2024年9月18日)。
大綱では、「高齢社会対策」を「今後、高齢者の割合がこれまで以上に大きくなっていく社会を前提として、すべての世代の人々にとって持続可能な社会を築いていくための取組」と定義した。その取組の一つが、社会保障制度の持続性を高めることとする。大綱の中では、高齢者の働く意欲を削いでいる「在職老齢年金制度」の見直しを示唆している。他方、大綱では、公的医療保険でも、75歳以上の後期高齢者のうち、医療費を現役同様に3割自己負担する対象の拡大に向けて「検討を進める」と明記された。
自民党総裁選での社会保障政策、社会保障制度改革議論では、この政府の「高齢社会対策」を一つの起点にすることができるだろう。
負担の議論が十分でない
高市氏は厚生年金を受給しながら働くと賃金に応じて年金額が減ってしまい、高齢者の働く意欲を削いでしまう「在職老齢年金」の見直しを掲げている。働く意欲のある人が長く働ける社会にしたい、としている。
「在職老齢年金」の見直しについては、反対する者は少ないだろうが、問題はその財源である。今年7月に公表された公的年金の財政検証では、在職老齢年金制度を撤廃した場合の影響の試算が示されている。年金受給者への給付額は2030年度に5,200億円、2040年度で6,400億円増える見通しだ。同制度を廃止するのであれば、それに見合った財源を確保しなければ、将来の年金受給水準が低下してしまう。候補者は、「在職老齢年金」の見直しの財源についても考えを明示して欲しい。
小泉氏は、厚生年金の適用拡大を提案しているほか、小林氏は若年層の保険料軽減を訴えている。医療や介護については、林氏が医療・介護のデジタル化(DX)推進を掲げ、石破氏もDX化による「予防と自己管理を主眼とした医療制度」で医療費を適正化するとしている。ただし、それらの具体策と財源の議論は十分になされていない。
応能負担が答えか
加藤氏や河野氏、社会保障制度の持続性を高めるため、財源確保で応能負担を進める考えを示している。
上川氏も、「団塊ジュニア世代が65歳以上となり、人手不足が深刻化する「2040年問題」を見据え、社会保障制度を抜本的に改革する。持続可能な仕組みのため、資力のある人には年齢を問わずに負担してもらうことが必要だ」と、時事通信のインタビューで語っている。
政府が検討する高齢者の医療介護の自己負担増について、共同通信のアンケートで、河野氏だけが「求めるべきだ」と答え、残る8人は明言を避けた。将来の年金給付水準底上げに向けて、国民年金と厚生年金の財源を一体化するとの政府案には、河野氏、高市氏、加藤氏の3人が賛成した。
社会保障制度改革の重要な方向性の一つがこの「応能負担」であることは間違いないだろう。問題は、どのような基準に基づき、誰に負担増を求めるかである。
年齢と所得に基づく給付と負担という従来型の仕組みでは、社会の変化に追い付かず、制度の持続性を十分に高めることはできないだろう。受給資格や負担能力には、保有資産額も考慮していく必要があるのではないか。
持続的で安心な社会保障制度を確立するには、給付と負担のバランスを社会の変化に応じて常に見直していくことが必要になる。それには国民に追加の負担を求める「痛み」も避けられないはずだ。また、そうした見直しを、高齢者の労働供給の促進といった要素も考慮しながら進めなければならないという非常に複雑な状況に、現在、日本は置かれている。
(参考資料)
「【主張】総裁選と社会保障 痛み伴う改革も論じ合え」、2024年9月22日、産経新聞
「社説 自民・立民W党首選 社会保障政策 負担のあり方避けずに」、2024年9月18日、東京新聞朝刊
「社会保障改革、最優先で=上川陽子氏インタビュー-自民総裁選」、2024年9月21日、時事通信ニュース
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