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業況判断DIは大企業製造業、非製造業ともに概ね横ばいか

日本銀行は、10月1日(火)に短観(9月調査)を公表する。注目を集める業況判断DIは、大企業製造業、非製造業ともに前回6月調査と概ね同水準になると予想されている。

QUICKによる民間15社の予測調査によると、大企業製造業のDIの予測中心値はプラス13と、2四半期ぶりに改善した前回6月調査から横ばいの予想だ。自動車メーカーの認証不正問題の影響緩和が、プラス材料となった可能性がある。他方でマイナス材料となったと見込まれるのは、7月中旬以降の円高進行だ。円高は輸出企業の収益に逆風となる。短観のDIは、企業収益を念頭において企業が回答していることから、円高は短期的にはDIの低下要因になりやすい。それ以外に、中国経済の減速もマイナス要因になる可能性があるだろう。

国内経済では、自動車メーカーの認証不正問題の影響緩和(コラム「自動車メーカー認証不正問題の経済への影響」、2024年6月4日)や実質賃金上昇などのプラス要因が見られるが、他方で円高や海外景気減速などの外部環境はマイナス要因になる可能性が考えられる。両因が概ね相殺されて、DIは前回比横ばいとの見通しだ。

他方、大企業非製造業は中心値でプラス32と17四半期ぶりに悪化した前回に続き、僅かな幅であるが1ポイントの連続悪化が見込まれている。インバウンド需要は引き続き好調であるが、増加ペースは落ちてきている。

他方で、気象庁が8月に発表した南海トラフ地震臨時情報を受けた帰省・旅行の見合わせなどの影響(コラム「南海トラフ地震への警戒が経済に悪影響:旅行関連消費は1,964億円程度減少も」、2024年8月13日)や、台風10号に伴う外出の減少がサービス業の逆風になった可能性が考えられる。

最大の注目点は円高の物価への影響

今回の短観の最大の注目点は、為替市場が足もとで円高に振れていることの影響だろう。上記の企業収益、DIへの影響に加えて、物価への影響が重要だ。今回の企業の物価見通し(1年後、3年後、5年後)にはまだ目立った影響は出ないかもしれないが、価格判断DIは、販売価格、仕入れ価格ともに顕著に下振れる可能性があるのではないか。その場合、企業の物価上昇見通しにもいずれ下振れ要因となるだろう。

日本銀行が9月25日に発表した、消費者物価統計に基づく基調的な3つのインフレ率の指標では、加重中央値、最頻値ともに大きく下振れた。さらに、刈込平均値を含む3つの指標がともに、日本銀行が目標とする2%を下回った(図表)。

円高による輸入物価低下の影響が今後加わってくれば、基調的なインフレ率はさらに下振れ、消費者物価上昇率が持続的に2%程度で安定する、2%の物価目標達成は遠のいていくだろう。

図表 日本銀行の基調的なインフレ率指標

日本銀行は円高の影響と米国経済の動向を注視し追加利上げに慎重な姿勢

日本銀行の植田総裁は9月20日の金融政策決定会合後の記者会見で、足もとで進む円高によって、「7月に指摘していた物価見通しの上振れリスクは相応に低下した」とし、さらに「政策判断にあたり、様々なことを確認していく時間的な余裕はある」と説明した。加えて、米国経済の減速リスクを警戒する姿勢を見せた。

これらは、追加利上げを急がないという明確なメッセージである。9月24日の講演会でも、植田総裁は同様の主旨の発言を繰り返しており、20日の発言が記者会見の質疑応答の中で突発的に出てきたものでなく、日本銀行は、市場の早期追加利上げ観測を抑えるべく、意図して発信したものであることを裏づけた。

植田総裁は、円高によって「物価見通しの上振れリスクは相応に低下した」と説明したが、上記の基調的なインフレ率指標を見ると、実際には、「物価見通しの下振れリスクは相応に上昇した」とする方がより正しいのではないか。輸入物価上昇を起点にして、賃金上昇を伴う持続的な2%の物価目標達成についての日本銀行の自信は、ここにきて揺らいでいる可能性が考えられる。

こうした点を踏まえると、年内の追加利上げの可能性は低下したと言えるのではないか。また、米連邦準備制度理事会(FRB)の大幅利下げ後の米国経済の動向を判断するためには、年末商戦は重要である。それを見極めようとすれば、日本銀行は年内の追加利上げは見送る必要が出てくる。

追加利上げの時期は来年1月と見ておきたいが、米国経済が顕著に減速する、あるいは円高が急速に進み、物価見通しの下振れリスクが一層高まる場合には、追加利上げの時期はさらに先送りされよう。

(参考資料)
「大企業製造業の景況感、横ばいか 短観の民間予想」、2024年9月24日、日本経済新聞電子版

プロフィール

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    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。