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ハリケーン「ヘリーン」の被害への対応を巡り両陣営が激しく対立

ハリケーン「ヘリーン」の被害への対応が、米大統領選の結果に大きな影響を与えそうな情勢となっている。米メディアによると、ヘリーンが直撃した南東部の死者は220人を超えた。特に被害が大きかったのは、ノースカロライナ州とジョージア州で、ともに激戦州だ。ノースカロライナ州の死者は110人以上と最多であり、千人の兵士が同州入りして、がれきの撤去や救援物資配給に携わっている。

バイデン大統領は6日、南部ノースカロライナ州に新たに軍兵士500人を派遣するように命じた。声明では、「再建への道を歩み始めた家族を支援するため、あらゆる手段を講じる」と強調した。

またホワイトハウスは8日に、バイデン大統領が10日から予定していたドイツとアフリカ南部のアンゴラ訪問を延期すると発表した。これは、ハリケーン「ヘリーン」の被害への対応に加えて、南部フロリダ州直撃が予測される新たな大型ハリケーン「ミルトン」への備えと対応のためと説明されている。

こうした中、ハリケーンへの対応を巡り、トランプ氏によるバイデン氏及びハリス氏への批判が激しさを増している。ただし、トランプ氏の主張は根拠を欠いており、偽情報に基づいている可能性が考えられる。ハリケーンを論争の具にすることで、トランプ氏への批判が高まっている面がある。

トランプ氏は5日の東部ペンシルベニア州での支持者集会で、ハリケーンで住む場所を失った人に対して連邦政府が「750ドル(約11万円)しか支給しない」と主張し、他方でバイデン政権は他国への軍事支援を行っていると批判した。

これに対して、災害対応を主導する連邦緊急事態管理庁(FEMA)は、750ドルは被災直後の当座資金を融通するためであり、被災者は今後の生活再建のためにさまざまな補助金制度を利用できると説明している。ハリス氏は7日、FEMAのハリケーン対応へのトランプ氏の批判について、「FEMAには利用できる多くの資金がある」と説明し、トランプ氏によって「多くの誤った情報や偽情報が流布されている」と指摘し、「偽情報」による主張は「非常に無責任だ」と非難した。

またトランプ氏は、バイデン・ハリス政権が災害対策資金を不法移民への支援に使用したため、ハリケーン「ヘリーン」へのFEMAの対応が遅れたなどとも主張している。さらに、被災地・南部ノースカロライナ州のクーパー知事(民主党)と連邦政府が、共和党支持者の多い地域を意図的に救援対象から外したとの情報があるとも交流サイト(SNS)に投稿している。

トランプ氏はこうした主張の真偽についての記者団からの質問に「(自分で)確かめろ」などと述べて、明確な回答を避けている。

ハリケーンの被害への対応の巧拙は、過去の大統領選挙にも大きな影響を与えてきた。2005年のハリケーン「カトリーナ」の際には、当時のブッシュ政権の対応が後手にまわり批判を浴びた。それが、2006年の中間選挙での共和党の惨敗に影響を与えたとされる。他方で、2012年の大統領選直前のハリケーン「サンディ」の場合には、オバマ大統領の対応が評価され、同年の再選の一因になったとも言われている(コラム「ハリケーン『へリーン』は米大統領選挙の『オクトーバー・サプライズ』になるか」、2024年10月4日)。

ハリス氏が始めた積極的なメディアへの露出

ハリケーンへの対応を含め、トランプ氏とハリス氏の間で情報戦が激しさを増している。トランプ氏は激戦州で集会を重ねている。ニューヨーク・タイムズ紙によると、その演説は過激で怒りに満ちており、焦点が定まらなくなっているとして、年齢の影響があることを示唆した。

他方ハリス氏は、メディア露出を一気に増やしている。7日にはCBSテレビの看板報道番組「60ミニッツ」に出演し、経済政策などを説明した。それ以外にも、コメディー番組、若者や女性に人気のポッドキャスト番組、年配の女性層をターゲットにしたABCの朝のトーク番組「ザ・ビュー(The View)」、中国発の動画投稿アプリ「TikTok」、視聴者の4分の3近くが男性の「ザ・ハワード・スターン・ショー(The Howard Stern Show)」、若い男性に人気の深夜トーク番組「ザ・レイト・ショー・ウィズ・スティーヴン・コルベア(The Late Show with Stephen Colbert)」、トークショー、地方のラジオやテレビに至るまで、様々な視聴者層に支持されるメディアに積極的に露出し始めた。

ハリス氏は民主党大統領候補者となって以降、テレビや新聞の取材を比較的避けてきた。トランプ氏はこのことを、「頭が悪いからやらない」と中傷していた。急に始まったハリス氏の積極的なメディア露出は、こうした批判をかわすと同時に、ポッドキャストなどで若者や新聞でニュースを読まない有権者への浸透を図る狙いもあると考えられる。ただしこうした戦略が功を奏するかはまだ分からない。

(参考資料)
「米大統領、災害対応で兵士増派―南部激戦州ノースカロライナへ」、2024年10月7日、共同通信ニュース
「米大統領選 =ハリス氏 メディア露出増 選挙最終盤で戦略転換」、2024年10月9日、静岡新聞
「トランプ氏、ハリケーン災害で誤情報を連発 被災地支援まで「政争の具」に」、2024年10月8日、産経新聞速報ニュース
「災害対応で激しい批判合戦 トランプ氏「不法移民支援のため遅れた」ハリス氏「偽情報だ」」、2024年10月8日、産経新聞速報ニュース
「DJ-ハリス氏、異例のメディア戦略 数々の番組やTikTokに出演」、2024年10月7日、ダウ・ジョーンズ債券・為替情報
「米大統領、災害対応で兵士増派―南部激戦州ノースカロライナへ」、2024年10月7日、共同通信ニュース
「米大統領選 2024=災害対応で兵士増派 バイデン氏 南部激戦州へ」、2024年10月8日、静岡新聞

プロフィール

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    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。