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各党の物価高対策、個人消費喚起策

衆院選に向けて各党が掲げる経済政策では、中長期的に日本経済を強くし、国民生活の将来見通しを明るくさせるような政策ではなく、減税や給付など目先の政策に終始してしまっている感がある。

本来は、構造改革、成長戦略を通じた日本経済の潜在力向上、成長力強化といった中長期の経済政策について、もっと議論すべきだ。選挙までの残された時間では、各党が日本経済の将来像をしっかり提示し、それを実現するための政策についての具体的な議論が深められることを期待したい(コラム「衆院選での各党経済政策比較:日本経済の将来像と中長期的な改革・戦略の具体策を国民に」、2024年10月15日)。

自民党は、衆院選挙後に物価高対策、能登災害支援を含む経済対策を、補正予算を編成して実施する方針だ。「電気・ガス料金、燃料費の高騰対策と併せ、物価高が家計を圧迫する中、国民の生活を守るため、物価高への総合的な対策に取り組む」、としている。公明党の石井代表も低所得世帯への給付や電気・ガス料金を抑える補助金の継続を主張している。

物価高対策をめぐって石破首相は、「低所得世帯への給付金の支給など短期的な政策は実施するが、所得・住民税の定額減税については、「今すぐとは考えていない」、と当面は実施しない考えを示している。バラマキ的ではなく低所得者に絞った財政効率の高い施策になるかどうかに注目しておきたい。ただし、経済対策は昨年の13兆円を上回る予算規模とする考えを石破首相は示しており、規模先にありきの感が強い(コラム「大規模経済対策に大義はあるか:中長期財政見通しや財政健全化目標への影響についても国民に説明すべき」、2024年10月21日)。

立憲民主党は、揮発油税などのトリガー条項について一時的に凍結を解除し、原油価格高騰時には確実に発動できるようにする、としている。また、発動により減収する地方税は国が補塡するとする。また立憲民主党は、他の野党が個人消費喚起策として主張する消費税率の引き下げや廃止には反対であり、消費税の逆進性への対策として「給付付き税額控除」の導入を掲げている。

日本維新の会は、消費税率を8%に下げ、軽減税率を廃止するとしている。また、ガソリン税と軽油取引税を廃止するとしている。

国民民主党は、物価高対策としてガソリン補助金を延長したうえで、トリガー条項の凍結を解除し、減税によりガソリン・軽油価格を値下げすることを主張している。また、実質賃金が持続的にプラスになるまで消費税を一律5%にするとしている。

共産党は消費税率を当面5%に引き下げるとともに、低所得者支援を行うとしている。

れいわ新選組は、季節ごとにインフレ給付金として10万円を支給すること、夏と冬に冷暖房費補助のための緊急給付を実施することを主張している。そして消費税を廃止、最低でも5%にするとしている。

社民党は、消費税を3年間ゼロにするとしている。

一時的な給付金の景気浮揚効果は限定的

このように各党は、物価高対策、個人消費喚起策として、給付と減税の実施を主張している。ただし、消費税率の引き下げや廃止を行っても、個人消費に与える影響は一時的であり、将来に渡る個人消費の増加率を高めることはできないだろう。他方で、税収に大きな穴をあけることになり、副作用が効果を大きく上回ると考えられる。

ただし、どのような種類の対策を行うかによって、規模は同じであっても、短期的な経済効果には違いが出てくる。以下ではこの点を検証、整理してみたい。

一般に、政府の減税策は、個人や企業の貯蓄に回る部分が少なくないことから、景気浮揚効果、つまりGDPの押し上げ効果はその分削がれてしまう。他方、支出の増加であっても、公共投資と比べて、個人や企業への補助金、給付金などの支出は、消費や投資以外に回る部分があることから、やはりGDPの押し上げ効果はその分削がれてしまう。

さらに補助金、給付金も、時限的な措置であればあるほど、景気浮揚効果は小さくなる。例えば、一時的な給付金を受けても、個人はその4分の1程度しか個人消費に使わず、残りは貯蓄に回され、短期的な景気浮揚をもたらさないと考えられる。

5兆円規模の経済対策を実施した場合、公共投資であれば、1年間の実質GDPを0.92%押し上げると試算される。他方、一時的な個人向け給付金の場合には、同じ5兆円規模であっても、1年間の実質GDP押し上げ効果は0.21%と公共投資の4分の1程度にとどまる。

他方、減税の場合には、法人税率引き下げ、消費税率引き下げ、所得税率引き下げの順番に景気浮揚効果は高く、それぞれ1年間の実質GDPを0.48%、0.43%、0.25%押し上げると試算される(図表)。

図表 5兆円規模の減税・給付金の経済効果試算

消費税率2%引き下げはGDPを0.4%、消費税廃止はGDPを2.0%押し上げる

2023年度の消費税収は23兆923億円となった。軽減税率などを考慮しなければ、消費税率1%は2.3兆円の税収に相当し、上記の試算である5兆円規模の消費税減税は、消費税率2.2%ポイント程度の引き下げに相当する。ちなみに、消費税率2%の引き下げの実質GDP押し上げ効果を計算すると0.40%となる。また、消費税率廃止による効果は1.99%となる。

消費税率の引き下げや消費税廃止によって、短期的には相応の景気浮揚効果が生じることが期待されるものの、社会保障費の財源と位置付けられる消費税の見直しによる大幅な税収減がもたらすマイナス面を考えれば、とてもそれに見合う政策ではないだろう。各党には、財源の裏付けをしっかりと明示したうえで経済対策を議論して欲しい。

プロフィール

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    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。