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政治情勢は極めて不安定に

10月27日に投開票が行われた衆院選挙で、自公連立与党は過半数割れの大敗となった。与党は国民民主党など野党の一部の協力を得て、11月7日とされる特別国会での首班指名で石破首相の続投を決め、政権の枠組みを維持することを狙う。

しかし、野党からの協力を得られるかどうかは不確実であり、それに失敗すれば、首班指名で立憲民主党の野田代表が内閣総理大臣に選出される可能性もゼロではない。

また、野党の協力を得る場合でも、連立に加わるのではなく首班指名を含めた政策協力にとどまる可能性が見込まれる。石破内閣は衆院で過半数を得られない少数与党内閣となり、政治の不安定性はかなり高まるはずだ。そうしたもとでは、2024年度補正予算編成・経済対策、2025年度予算編成が円滑に進まず、経済活動に悪影響を与える可能性もある。

衆院選挙後は、このような極めて不安定な政治情勢になり、経済活動への悪影響も見込まれることを踏まえると、政治・経済リスクを意識して金融市場ではリスクオフ傾向が強まり、株安・円高が進むことが予想された(コラム「衆院与党過半数割れで政治の混迷が強まる:金融市場は不安定化:財政拡張傾向が強まり、日銀追加利上げは後ずれか」、2024年10月28日)。

選挙後DAY1となる28日の金融市場では予想外に円安・株高が進んだ

しかし、実際には選挙後DAY1(初日)となる28日の金融市場では、日経平均は一時800円を超える大幅な株高となり、また為替市場では、1ドル153円台後半まで円安が進んだ。こうした金融市場の反応は予想外であるが、先週末までに与党の敗北を株式市場はある程度織り込んでおり、選挙が終わったことによる悪材料の出尽くし感で株価が上昇した、との解釈ができるだろう。

また、与党が野党の一部に協力を仰ぐことから、連立与党が野党の政策を一部受け入れることを強いられる可能性がある。その結果、国民民主党や日本維新の会などが主張する拡張的な財政政策と金融緩和の継続の傾向が強まり、それらが株式市場に追い風になるとの解釈も生まれた可能性があるだろう。

28日の債券市場では、日本銀行の追加利上げが遅れるとの観測で1年国債の利回りが低下する一方、国債発行が増加するとの懸念から2年以上の国債の利回りが上昇するという「ツイストスティープ化」が見られた。

金融市場は米大統領選挙の影響も大きく受ける

選挙後DAY1の予想外の市場の反応については、以上のような解釈が一応可能ではあるが、政治情勢が混迷を極める中、早晩、金融市場はリスクオフの円高・株安に振れる可能性があるのではないか。他方、国内金融市場は11月5日の米国大統領選挙の影響も受けやすいことから、衆院選挙の影響のみ抽出するのは難しくなっていく可能性もあるだろう。

政治情勢の不安定化や金融緩和継続を望む野党が与党の政策に与える影響が高まる中で、選挙結果によって日本銀行の追加利上げの時期は先送りされる可能性が高まったと見る。

ただし、米国要因で円安が進む場合には、それは日本銀行の追加利上げを後押しするだろう。ドル円レートが1ドル155円を超えて円安が進めば、政府は物価への悪影響に配慮して、ドル売り円買いの為替介入を実施する可能性が出てくる。その場合、石破政権は、円安阻止に向けて日本銀行に政府との協調を求め、日本銀行に対して一転して追加利上げを求める可能性があるだろう。米大統領選挙後に円安が大きく進む場合、日本銀行は今年12月に追加利上げを実施する可能性が出てくると考えられる。ただし、それは代替シナリオであり、標準シナリオとしては来年1月の追加利上げを引き続き見ておきたい。

石破首相は記者会見で続投の考えを示す

衆院選を終えたことを受け、石破首相は10月28日の午後2時から記者会見を開いた。冒頭での説明は、自民党の選挙公約の繰り返しに終始した感がある。そのうえで、厳しい選挙結果を与党に対する政策を前に進めよとの国民の声と捉え、政治とカネの問題の抜本改革、物価高対策、地方創生を進める考えを示した。

記者からは、小泉選挙対策委員長が選挙での自民党大敗の責任をとって辞任を決めたことを受け、首相、幹事長など執行部が責任をとる考えがあるかについて質問があったが、石破首相は、「選挙結果を謙虚に受けとめるが、厳しい経済、国際情勢で国政の停滞は許されない」とし、「国政を進めていくことで職責を果たす」として自らの辞任を否定した。

また、野党との連立あるいは連携の可能性について問われると、「現時点で連立を想定している訳ではない」としたうえで、議席を大きく伸ばした野党の主張のどれが国民に評価されたかを分析し、その優れた政策を与党も取り入れていくとした。そのうえで、野党とよく政策を協議し、信頼関係を築いた上で、連立あるいは連携を協議していくとの考えを示した。

このことは、野党との連立、連携を進める中で、その政策を与党がかなり受け入れる覚悟があることを示唆している。その結果、今後の経済政策については不確実性が大きく高まっており、それが金融市場の不安定化につながるものとなるだろう。

プロフィール

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    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。