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国民民主党の玉木代表は、基礎控除等を103万円から178万円に引上げることを通じて、低所得層に対する所得減税を行うとともに、所得税支払いを回避するために労働を控えてしまう「年収の壁」問題への対応を進めることを、同党の「看板政策」と位置付けている。与党が政権の枠組みを維持するために国民民主党に協力を求める場合には、この減税策を受け入れることを求められる可能性が考えられる(コラム「与党との連携が視野に入る国民民主党の経済政策を再度確認:与党は基礎控除引き上げ、トリガー条項凍結解除を受け入れるか?」、2024年10月29日)。

年収103万円以下の勤労者は、その所得に課税されない。課税対象となる所得から、基礎控除48万円と給与所得控除55万円の合計である103万円を引くと、ゼロあるいはマイナスとなるためだ。

現在、1,000円~1,949,000円までの所得には5%の税率がかかっている。民主党の減税策が実現すれば、年間103万円超から178万円までの年収を得ていた勤労者は、そこから税控除額の103万円を引いた所得の5%に相当する所得税の支払いを免れることができる。

国税庁の民間給与の実態調査結果によると、2023年に100万円超200万円以下の所得を得た給与所得者は、1年を通じた勤務者で6,225,993人(平均所得143.0万円)、1年未満の勤務者で1,027,155人(平均所得31.4万円)、合計で7,253,148人である。詳細なデータは明らかでないことから、この所得層で、給与所得者は所得水準ごとに均等に分布していると仮定して計算してみよう。

概算であるが、103万円超から178万円までの所得を得ていた勤労者は、総額1, 033億5,736円の所得税を支払っている計算となる。ちなみにその人数は概算で544万人、全人口の約4.4%だ。国民民主党が提案している減税策では、同額だけ税収が減り、財政赤字拡大要因となる。

他方で、同額だけ可処分所得が増加することによって個人消費が増加し、GDPを押し上げる効果が期待される。ただし、減税分は多くが貯蓄に回ることから、1,033.6億円の減税で生じる、1年間でGDPを押し上げる効果は217 .1 億円程度(年間名目GDPの0.004%に相当)と試算される(内閣府、「短期日本経済マクロ計量モデル(2022年版)による)。

所得水準が低く、また税率が低い層を対象とする減税措置であることから、税収減の規模は比較的小さい一方、景気浮揚効果も限定的だ。ただし、労働供給を促すという供給側の要因も考慮すれば、経済への好影響は一定程度期待できる可能性があるだろう。

プロフィール

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    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。