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個人消費は予想よりも上振れ

内閣府は11月15日(金)に、7-9月期GDP統計(一次速報)を発表した。実質GDPは前期比+0.2%、前期比年率+0.9%と、4-6月期の前期比+0.5%、前期比年率+2.2%から大きく成長率を低下させた。しかし事前予想の平均値である前期比+0.1%程度、前期比年率+0.5%程度と比べて上振れている。

予想外の増加率となったのは実質個人消だ。事前予想は前期比+0.2%程度であったが、実際には同+0.9%となり、前期の同+0.7%から上昇した。

他方で、実質設備投資は前期比-0.2%とマイナスとなった。実質住宅投資も同-0.1%のマイナスだった。実質輸出は前期比+0.4%とプラスとなったが、前期の同+2.6%から大きく増勢を落とした。民間需要は個人消費を除けば総じて低調である。

個人消費の基調はなお弱い

7-9月期の実質個人消費が上振れた背景には、2024年1-3月期にかけて4四半期連続で低下するという異例の下振れを示した後の反動が、4-6月期以降続いている、という面がある。自動車の認証問題による自動車生産・販売減少の反動もあるだろう。また、春闘で妥結された高い賃上げが実施される中で、所得環境が改善してきたことの影響もあるだろう。

しかし、4-6月期に前期比+0.7%と前期の同+0.2%から増加率を高めた実質雇用者報酬は、7-9月期には前期比横ばいと、増加率は再び低下しており、賃金上振れの影響は一巡しつつある。

そして月次の統計は、個人消費の基調がなお弱いことを示唆している。日本銀行が公表している実質消費活動指数は、4-6月期の前期比+0.7%から7-9月期には同+0.4%に減速し、9月の水準は7-9月期平均水準を0.2%下回っている。つまり10-12月期に対して-0.2%のマイナスの下駄を履いている状況だ。

実質消費活動指数は足もとで持ち直してきているようにも見えるが、インバウンド需要の影響を除けば、昨年のピークの水準をなお大きく下回っており、個人消費が低迷期を脱していないことを示唆している(図表)。

また、内閣府が発表している景気ウォッチャー調査も、個人消費活動の弱さを裏付けている。10月の家計動向関連の現状判断DIは、3か月連続で低下しており、昨年来の消費活動の鈍化傾向が続いていることを示唆している。

家計動向関連の先行き判断DIについても同様に3か月連続で低下した。DI下振れの理由としては、食料品などでの物価上昇、消費者の節約志向が挙げられている。

こうした個人消費関連統計を踏まえると、GDP統計で示されるよりも個人消費活動の基調は弱く、10-12月期GDP統計の実質個人消費は前期比でマイナスに振れる可能性が示唆されている。

図表 実質消費活動指数の推移

定額減税と給付金は空振りか

注目されるのは、6月に開始された定額減税と給付金の影響が7-9月期に表れたことが見込まれる中でも、個人消費の基調的な弱さが続いているという点だ。1年前に閣議決定された定額減税と給付金は総額5.1兆円と見積もられ、それはGDPを1年間で0.19%押し上げる、と筆者は予想していた。しかし、その経済効果は期待したほどには生じていないのではないか。

個人消費が弱い中、インバウンド需要と輸出によって何とか支えられているのが、今の日本経済だろう。インバウンド需要は2023年の実質GDP成長率を+0.8%押し上げたと推定される。また2024年の成長率を+0.6%押し上げると予想する。インバウンド需要がなければ、2023年の成長率は半分程度にとどまった計算であり、2024年の成長率は0%強になると見込まれる。

定額減税と給付金の効果が期待外れだったことを真摯に受け止める必要

基調的な個人消費の弱さの継続は、政府が11月中に閣議決定を予定している総合経済対策の議論にも影響を与える可能性があるだろう。

定額減税と給付金の個人消費への影響が期待したほどではなかったことを踏まえて、経済対策の中身の是非がより真剣に議論されることを期待したい。根深い個人消費の弱さの底流には、長い目で見て、物価高が続く中、実質所得が余り増加しないことへの消費者の懸念があるだろう。

足もとで実質賃金の上昇率は前年比でプラスに転じつつあるが、2023年に実質賃金は前年比-3.5%と大幅に低下しており、実質賃金の水準はなおかなり低い。さらに、実質賃金上昇の持続性にも不安が残るため、実質賃金の上昇率が前年比でプラスに転じるだけでは、個人消費の本格的な回復にはつながらない。

個人が望んでいるのは、減税や給付金によって一時的に所得環境が改善することではなく、実質賃金が持続的に増加し、また、その増加率が先行き高まっていき、生活水準が切り上がっていくことではないか。それが実現されるには労働生産性上昇率が高まることが必要であり、減税や給付金によって一時的に所得が増えてもそれは実現しない(コラム「経済対策の真水は13.5兆円規模か:住民税非課税世帯への給付とエネルギー補助金のGDP押し上げ効果は0.07%程度と推定」、2024年11月15日)。

成長戦略を経済政策の中心に

こうした点から、政府に期待されるのは労働生産性上昇率を高める成長戦略だ。自民党の選挙公約では、リスキリング、ジョブ型雇用の促進、労働移動の円滑化からなる労働市場改革が掲げられている。これは、岸田前政権の「三位一体の労働市場改革」を継承したものであり、これは労働生産性上昇に資する重要な成長戦略だ。また、石破首相は「地方創生」、「東京一極集中の是正」、「少子化対策」を一体で進める考えを示しており、大いに期待したいところだ。

ただし、こうした成長戦略は、2024年度補正予算で賄われる経済対策に盛り込まれるのではなく、2025年度本予算に盛り込まれるべきだ。

他方、個人消費の回復を後押しする短期的な政策としては、物価上昇懸念を煽っている円安に歯止めをかける、為替の安定化策も重要だ。政府と日本銀行が連携して、過度な円安阻止に取り組みことは必要なことである。この点から、日本銀行の利上げを妨げることは、過度な円安修正の妨げとなり、物価高問題をより深刻にしてしまう可能性があることには十分に留意すべきだ。

プロフィール

  • 木内 登英のポートレート

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。