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物価高対策に重複の問題

政府が11月中にまとめる予定の総合経済対策については、国民民主党との調整が続いていることから、まだ全体像は固まっていない。

しかし政府は、1)住民税非課税世帯に1世帯あたり3万円を目安に給付し、子育て世帯には子ども1人あたり2万円を加算すること、2)10月末で終了した電気・ガス代の補助制度を来年1月に再開して3月まで継続すること、3)年内を期限としていたガソリン補助金を2025年3月まで延長すること、を実施する方針だ(コラム「経済対策の真水は13.5兆円規模か:住民税非課税世帯への給付とエネルギー補助金のGDP押し上げ効果は0.07%程度と推定」、2024年11月15日)。

これらを物価高の打撃を受ける生活者の支援策と捉える場合、それぞれの政策に重複感がある点は問題だ。低所得者に対して十分な給付金を支給するのであれば、電気・ガス、及びガソリン補助金は必要ないのではないか。あるいは、電気・ガス、及びガソリン補助金を行うのであれば、給付金は必要ないのではないか。

国民民主党が主張する「103万円の壁」対策で、所得税の基礎控除などの引き上げが実施されれば、それも重複した政策となるだろう。

政策の目的を明確にし、その目的に沿って十分な政策を効率的に打ち出す姿勢を徹底すれば、こうした重複は生じないはずだ。精査が十分になされずに、安易に物価高対策が繰り返されている状況はまさに「バラマキ」であり、大いに問題だ。

繰り返されるエネルギー補助金の4つの問題

予備費からの支出も含め、ガソリン補助金の予算累計は7兆1,395億円、電気・ガス料金支援の予算累計は3兆9,614億円、合計で11兆1,009億円に達した計算だ。さらに今回の総合経済対策に盛り込まれる予算を加えると、ガソリン補助金の予算累計は7兆7,344億円、電気・ガス料金支援の予算累計は4兆5,557億円、合計で12兆2,901億円まで膨らむと試算される。

繰り返されるエネルギー補助金の第1の問題は、このように財政負担が際限なく膨らんでしまうことだ。それは国債発行で賄われてきたが、その分将来世代の負担が増え、中長期の経済の潜在力を削いでしまう。

第2の問題は、生活に余裕のある富裕世帯にまで恩恵が及ぶことだ。財政環境が非常に厳しい中で、富裕層を支援する政策は妥当でないだろう。

そこで、物価高対策としてのエネルギー補助金には、所得制限を設けるべきだ。制度設計は複雑になるが、電気・ガス料金の補助を受ける世帯を、所得が一定程度を下回る低所得層に限ること、低所得者のみ、ガソリン購入額に対して一定額の還付を受けることなどが考えられる。

このような制度にすることで、エネルギー補助金制度は、低所得者層の生活を支えるという目的に沿ったより効率の高い制度となるだろう。

脱炭素政策に逆行

第3の問題は、価格メカニズムを通じた効率的な資源配分を歪めてしまうことだ。我々は、様々な価格という情報を踏まえて、効用が最大となるような各財・サービスの消費の組み合わせを常に選択している。またそれを踏まえて、各財・サービスの生産も調整されていき、経済全体として最適な資源配分に基づく生産活動が行われる。

しかし、政府の補助金はこうしたプロセスを歪める。それは、経済の非効率を高めてしまうのである。

例えば、生成AIの広がりによる電力需要の高まりは、将来にわたって電力価格を押し上げる可能性があるが、我々は、生成AIを利用する便利な生活を望むか、それともその利用を一定程度抑えることで、生活の負担となる電気料金の大幅上昇を回避するかという大きな選択をすることが求められる。電気料金への補助金は、そうした重要な国民の選択、判断を歪めてしまう恐れもあるだろう。

第4の問題は、第3の問題とも関わるが、ガソリン補助金によってガソリン価格の上昇を抑えることは、消費者にEV車への乗り換えなどを通じてガソリン消費を節約するといったインセンティブを削いでしまい、脱炭素政策に逆行してしまう。

発電が依然として化石燃料に大きく依存するもとでは、電気料金の補助金によって節電のインセンティブが削がれてしまうことも、脱炭素政策に逆行してしまう。

エネルギー補助金は低所得者支援に衣替えを

このように、政府の物価高対策、エネルギー補助金制度は多くの問題を抱えている。それを安易に繰り返すことは慎重であるべきだ。一方、エネルギー補助金制度の対象を低所得者層に限り、社会政策の性格を強めることで、これらの問題をかなりの程度緩和することができるはずだ。そうした制度設計の大きな見直しが求められる。

プロフィール

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    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。