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DOGEとは何か

1億8,000万ドル(約280億円)を献金するなど、米大統領選でトランプ氏を強く支援した電気自動車(EV)大手テスラのイーロン・マスクCEO(最高経営責任者)は、次期トランプ政権での影響力がかなり高まる見通しだ。

同氏は、トランプ氏のウクライナのゼレンスキー大統領やトルコのエルドアン大統領との電話協議に同席し、またアルゼンチンのミレイ大統領との直接面会にも同席した。

さらにマスク氏は財務長官の人事にも直接口を出しており、トランプ陣営内からは批判の声も上がっている(コラム「高まるマスク氏のトランプ次期政権での影響力と難航する財務長官人事」、2024年11月21日)。

トランプ氏は11月12日に、マスク氏とバイオテクノロジー企業の元幹部である実業家ビベック・ラマスワミ氏が、「政府効率化省(DOGE:Department of Government Efficiency)」を率いることになると発表した。政府効率化省(DOGE)という政府機関は、現在は存在しない。DOGEという名称はマスク氏の発案によるもので、自身が支持する仮想通貨のドージコイン(Doge Coin)からとったものだ。

トランプ氏は、この組織の任務は、「政府の官僚主義を廃し、過度な規制を削減し、無駄な支出を減らし、連邦政府機関を再構築する」ことという。またトランプ氏は、米国の独立宣言から250年にあたる2026年7月4日までに、DOGEを解散すると述べている。

またDOGEの機能についてトランプ氏は、「政府の外からの助言や指導」を行い、ホワイトハウスや行政管理予算局(OMB)を通じて大規模な構造改革を実施すること、としている。つまり、DOGEは政府機関ではなく、政府機関に対する諮問機関のような役割になることが見込まれている。その根拠法は、1972年の連邦諮問委員会法(FACA)になるとの指摘もある。同法では大統領が官民の参加者で構成される委員会から意見を求めることが認められている。

マスク氏は投稿サイトのツイッター(現X)を買収後に、大胆なリストラを行った実績がある。ツイッターの事業を継続しながら最終的に従業員の約80%を削減したのである。そうした同氏は、政府の無駄な支出と規制を強く批判してきた。

マスク氏とラマスワミ氏は、連邦職員の在宅勤務制度を廃止し、週5日の出勤を義務付ける考えを示している。それに反発して自主退職が急増することを見越した一種のリストラ策である。そのような強引な人員削減手法は、強い批判を浴びる可能性もあるだろう。

政府支出は大幅に削減されるか

DOGEが抱える大きな問題の一つは、マスク氏の利益相反問題だ。DOGEを通じて自身が担う企業に都合の良い政府組織の変更、行政執行、そして規制緩和が進められるのではないかという疑いの目を向けられることは必至だろう。その兆候は既に見られている。トランプ次期政権は、自動運転の規制緩和を検討していると報じられているが、それが実現すれば、マスク氏がCEOを務めるテスラには強い追い風となる。

マスク氏が経営する企業では、米宇宙開発企業スペースXだけでも150億ドル余りの連邦政府との契約を抱えており、また、米紙ニューヨーク・タイムズ(NYT)の調査によると、マスク氏の企業は少なくとも20の連邦規制当局の標的になっているという。

そして第2の問題は、連邦予算の大幅削減がもたらす経済への悪影響である。トランプ氏はDOGEの役割について、「われわれは、年間6兆5000億ドルの政府支出全体に存在する膨大な無駄と不正を排除する」と説明している。他方、マスク氏は、年間5,000億ドルの無駄な予算の削減を計画している。これが実現される場合、その規模は年間名目GDPの1.7%にも達する計算だ。米国経済を相当悪化させる可能性があるだろう。

トランプ氏は教育省を廃止し、政策と資金調達の管理を州に戻すと約束した。マスク氏はメディケアに関する不正の発見と撲滅、公有地の売却拡大に特に関心を持っているとされる。ラマスワミ氏は、「複数の特定の機関が完全に廃止されるとみている」と述べており、連邦政府の肥大化した分野で規模の縮小、大量の人員削減を行う考えを示している。その対象となる組織として同氏は、国防総省、教育省、そして医療を挙げた。

ただし、大幅な予算削減は、議会で容易に承認されない可能性がある。1974年に制定された「議会予算・執行留保規制法」は、議会が撤回を決定しない限り、大統領は割り当てられた予算を執行しなければならないと定めている。他方、大統領が執行を留保する規定もある。この規定を用いて、議会が可決した予算の執行を大統領が留保することで、大統領が議会の承認なしに大幅な歳出削減を行うことができる可能性がある。

トランプトレードは変化するか

大統領選挙でのトランプ氏勝利を受けて、金融市場ではドル高が進んだ。いわゆるトランプトレードである。これは、トランプ氏が掲げる減税策、規制緩和が経済に好影響をもたらすこと、減税策が財政赤字を拡大させて長期金利を押し上げること、追加関税の導入が国内のインフレリスクを高め、長期金利を押し上げること、等の期待を反映している。

しかし、大規模な追加関税が米国にもたらす悪影響を過小評価している面もあるのではないか。それに加えて、DOGEの下で大規模な政府支出の削減が実施されれば、米国経済は失速する可能性も出てくるだろう。そうしたリスクが意識されれば、景気悪化懸念で株価が下落する一方、金融緩和観測が強まることで為替市場では一転してドル安の流れになる可能性も考えられる。

マスク氏とDOGEが果たす役割は、トランプ次期政権の政策を大きく方向づけるとともに、世界の金融市場の流れにも大きな影響を与える可能性がある。

(参考資料)
「マスク氏発案の米「政府効率化省」は何ができるのか」、2024年11月15日、ブルームバーグ

プロフィール

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    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。