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中国向けの半導体関連輸出規制を強化

バイデン米政権は2日に、中国向けの半導体関連輸出規制を強化する制裁措置を発表した。半導体製品全般の禁輸措置をとる「エンティティ・リスト」に、中国企業140社を追加した。さらに、韓国や台湾などが人工知能(AI)向けのメモリーや半導体製造装置を中国に輸出することも事実上禁じた。

中国はこれに反発し、半導体製造に不可欠な複数の材料、ガリウム、ゲルマニウム、アンチモンなどの米国向け輸出を認めないようにするといった報復措置を3日に発表している。

バイデン政権による先端半導体関連品の対中輸出規制措置には、中国がAIなどに用いる先端半導体を国内で大量に生産するようになると、AI技術が進み、それを軍事転用することで、米国の軍事上の優位が揺らいでしまうことを防ぐ狙いがある。

製品に一定程度の米国産品が含まれている場合、それを米国以外の国から中国に輸出する際に、米政府の許可を求める「外国直接製品規則(FDPR)」を改定し、最先端の半導体製造装置やAI向けの高性能半導体をその対象にした。韓国や台湾、マレーシア、シンガポールなどがそうした対象製品を中国に輸出する際には、事前に米政府に許可を求める必要が生じる。米政府はそれを許可しない方針であり、中国には事実上輸出できなくなる。違反すれば巨額の罰金を科せられる可能性がある。

日本は対象外とされた

高性能半導体では、「高帯域幅メモリー(HBM)」が規制の対象となる。いずれもAI向け半導体に不可欠な製品であり、HBMで高いシェアを有する韓国SKハイニックス、サムスン電子の製品などは大きな影響を受ける。

他方、先端半導体の製造装置の主要な輸出国である日本、オランダを含む約30か国は、この新たな規制の対象外とされた。日本とオランダは、既に米国の要請を受けて自主的に中国向けの先端半導体製造装置の輸出を停止させていたためである。両国が規制強化の対象とならないことは、事前に報道されていた。

トランプ氏は貿易赤字縮小を狙った追加関税

今回の措置は、バイデン政権が終わる直前に駆け込み的に行う施策の一つと言えるだろうが、対中強硬姿勢においては、バイデン政権と次期トランプ政権との足並みは揃っている。次期トランプ政権も今回の措置を継続すると予想される。

2021年に始まったバイデン政権も、トランプ前政権が決めた中国を中心とする追加関税策などの保護主義政策については、そのほとんどを継承した。先端分野で中国の優位を許さないという姿勢は、両者に共通しているのである。

しかし、トランプ氏が米国の貿易赤字を問題視し、それを削減するために追加関税を課すという姿勢は、バイデン氏には全く見られないものだ。

トランプ氏は、貿易赤字を企業の赤字と同様なものと考え、赤字を減少させることでGDPを押し上げることができる、と考えているが、これは、ビジネスマン感覚を単純に国の政策に当てはめた誤った考えだろう(コラム「ビジネスマン感覚に基づくトランプ経済政策の怖さ」、2024年11月27日)。

追加関税は国内需要や米国企業のサプライチェーンに混乱をもたらし、その分米国のGDPを押し下げてしまう面がある。米国の貿易赤字を減らし、米国のGDPを高めることを狙った「米国一人勝ち」の試みは、実際には、米国経済を著しく傷つけることにもなってしまうだろう。

トランプ氏は主要閣僚など取り巻きをイエスマンで固めてしまった。ビジネス感覚に基づくトランプ流の誤った経済政策を正してくれる人はもはやいない。

(参考資料)
「米国、半導体規制に中国140社追加 韓台の輸出も制限」、2024年12月3日、日本経済新聞電子版
「米国の対中半導体規制、「従来ほど踏み込まず」ブルームバーグ報道」、2024年11月28日、日経速報ニュース

プロフィール

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    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。