多角的レビューのとりまとめは2段構えか
日本銀行は12月18・19日の金融政策決定会合で、昨年から進めてきた多角的レビューのとりまとめを行う。それは、今まで進めてきた多角的レビューの取り組みの集大成となる。
その内容は、当面の金融政策に直接的な影響を与えるものとはならないだろうが、先行き、経済・物価あるいは金融情勢が不安定化し、日本銀行が再び非伝統的金融政策の導入を余儀なくされる局面では、その政策判断に大きく影響する可能性があるだろう(コラム「日銀・多角的レビュー①:日銀・多角的レビュー①:多角的レビューの取りまとめは、非伝統的金融政策の効果と副作用の両論併記となるか」、2024年12月16日)。
多角的レビューのまとめは、日本銀行が非伝統的金融政策を採用した過去25年間の経済・物価環境の変化についての分析と、非伝統的金融政策の効果と副作用の分析との2段構成となることが予想される。
それぞれのベースになると推測される論文が、日本銀行のワーキングペーパーシリーズとして既に公表されている。第1が、今年8月に公表された「過去25年間のわが国経済・物価情勢:先行研究と論点整理」、第2が、今年9月に公表された「非伝統的金融政策の効果と副作用:潜在金利を用いた実証分析」である。以下では、第1の論文について見ていきたい。
輸入物価の高騰がきっかけ
同レポートでは、2010年代には「量的・質的金融緩和」の効果などにより、デフレの状況ではなくなったが、物価は簡単には上がらないなどの期待(マインドセット)が大きく変わらない中、2%の物価安定目標の達成には至らなかったとしている。
他方、2020年のコロナ禍をきっかけとした輸入物価が大幅に上昇したことと、景気の回復、労働需給の引き締まりが重なり、賃金と物価の好循環が強まり、2%の物価安定目標の持続的・安定的な達成が見通せるようになった、と説明している。
しかしここで、指摘されている景気の回復は循環的な性格のものであり、2%の物価安定目標の持続的・安定的な達成が見通せるようになった要因にそれを挙げるのは適切ではないだろう。また、労働需給の引き締まりは構造的な要因ではあるものの、それは2010年代には既に始まっていた。
足元で、賃金、物価がにわかに上振れ、過去25年間続いた経済の低迷が変化しつつあるとの期待が浮上するきっかけとなったのは、景気の回復、労働需給の引き締まりではなく、70年代、80年代のオイルショック以来とも言える輸入物価の高騰だ。海外でのエネルギー価格、食料品価格の高騰に、円安の影響が重なることで、より大規模かつ長期にわたって輸入物価が押し上げられている。
仮に輸入物価の上昇に対して、企業が価格転嫁を進めない場合には、企業収益は大幅に悪化してしまう。また、企業の価格転嫁が進む中で賃金が上昇しなければ、実質賃金が大幅に低下して、消費は悪化してしまう。輸入物価が上昇する中、企業の価格転嫁や賃金の引き上げが生じなければ、このように経済には大きな歪みが生じてしまうのである。
この点から、国内物価の上昇、賃金の上昇は輸入物価の上昇に対する自然な対応といえる。しかしそれらは、賃金、物価という名目値を引き上げるだけであり、実質GDPなど実質値を改善させる訳ではない。
輸入物価の上昇は日本経済には逆風であり「災い転じて福となす」は楽観的過ぎ
そもそも輸入物価の上昇は、国内所得が海外へ流出してしまうことを意味するものであり、日本経済にとってはマイナスでしかない。そうした経済への逆風がきっかけとなって賃金・物価の好循環が強まり、2%の物価安定目標の持続的・安定的な達成が見通せるようになるとするのは、いわば「災い転じて福となす」的な考えであり、楽観的過ぎるのではないか。
実際、物価高懸念を背景に、個人消費は異例の弱さを続けている。インフレ期待の上昇が個人消費を刺激するとの考え方が正しくないことも、既に証明されているのではないか。
企業の価格設定、賃金引き上げの姿勢が変わったとの認識を前提に、日本銀行は今年3月にマイナス金利政策を解除し、非伝統的金融政策からの脱却を決めた経緯を踏まえれば、過去25年続いた非伝統的金融政策の下での経済・物価環境がようやく変化したと結論づけることが、「多角的レビューのとりまとめ」では求められるのだろう。
しかし、輸入物価上昇のショックが次第に薄れていけば、賃金・物価環境はそれ以前の状態に戻っていくことが考えられる。そして、物価上昇率は目標値の2%を大きく下回るようになるのではないか。
日本銀行には、金融政策の正常化を正当化するという観点からではなく、本当に日本経済は変わりつつあるのかという観点から、より深い分析を、多角的レビューのとりまとめで示すことを期待したい。
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