会合ごとに大きく振れた日本銀行の情報発信と金融市場の利上げ観測
日本銀行の総裁、副総裁が、来週23、24日に開く1月の金融政策決定会合で「利上げを行うかどうか議論し、判断する」と揃って述べ、金融市場の地均しを進めたことで、金融市場は来週の利上げを強く織り込んだ。実際、来週に利上げが行われる可能性は高いだろう(コラム「日銀は来週の金融政策決定会合での利上げに傾く」、2025年1月16日)。
しかし、こうした見方に落ち着く前に、金融市場の利上げ観測は大きく揺れてきた。昨年9月の金融政策決定会合後の記者会見では、植田総裁は利上げ実施までに「時間的余裕はある」と発言したため、金融市場の利上げ観測は後退した。10月の会合では、米国経済の下振れリスクの緩和を受けて、「時間的余裕はあるとの表現を今後は使わない」と総裁が発言したため、金融市場の利上げ観測は高まった。12月の会合では、追加利上げには、春闘での賃上げの動きとトランプ次期政権の経済政策の影響の見極めが必要、と総裁が述べたことで、金融市場の利上げ観測は再び遠のき、今年3月以降との見方が強まったのである。
日本銀行は、今度は、そうして後ずれした金融市場の利上げ観測を無理やり前倒しさせ、来週の利上げ実施を金融市場に織り込ませようとしているように見える。このように、利上げ時期を巡る金融市場の観測は、日本銀行の情報発信によって、会合ごとに大きく振られており、日本銀行と市場との対話には混乱が見られる。
しかし、こうした見方に落ち着く前に、金融市場の利上げ観測は大きく揺れてきた。昨年9月の金融政策決定会合後の記者会見では、植田総裁は利上げ実施までに「時間的余裕はある」と発言したため、金融市場の利上げ観測は後退した。10月の会合では、米国経済の下振れリスクの緩和を受けて、「時間的余裕はあるとの表現を今後は使わない」と総裁が発言したため、金融市場の利上げ観測は高まった。12月の会合では、追加利上げには、春闘での賃上げの動きとトランプ次期政権の経済政策の影響の見極めが必要、と総裁が述べたことで、金融市場の利上げ観測は再び遠のき、今年3月以降との見方が強まったのである。
日本銀行は、今度は、そうして後ずれした金融市場の利上げ観測を無理やり前倒しさせ、来週の利上げ実施を金融市場に織り込ませようとしているように見える。このように、利上げ時期を巡る金融市場の観測は、日本銀行の情報発信によって、会合ごとに大きく振られており、日本銀行と市場との対話には混乱が見られる。
石破政権は日本銀行の利上げを基本的には歓迎していないか
利上げ時期を巡る日本銀行の情報発信の大きなブレには、政治的な背景があると推察される。日本銀行の利上げについて、政府のスタンスは岸田政権から石破政権になって大きく変わったのだろう。
岸田政権は、日本銀行は異例の緩和を長く続ける中、内外金利差の拡大などが急速な円安を生じさせ、それが物価高を通じて個人消費を悪化させていることを懸念していた。そこで、岸田政権は、円安阻止に向けて、日本銀行が金融政策の正常化に転じることを受け入れていたと考えられる。そうした政治的背景の下、日本銀行は昨年3月にマイナス金利政策の解除に踏み出すことができたのである。
他方、石破政権は、日本銀行の利上げを基本的には歓迎していないように見える。昨年10月の政権発足直後には、政権は、政府のデフレからの完全脱却に向けて日本銀行に協力を求め、早期の利上げを牽制するような発言も閣僚から聞かれた。その後、金融政策の決定では日本銀行の独立性を尊重する本来の姿勢に戻ったが、政権内、あるいは与野党、国会などでは、日本銀行の利上げを歓迎しない意見がなお根強いのではないか。利上げが、賃金・物価の好循環の妨げとなり、デフレからの完全脱却の逆風となることを警戒している向きは少なくないだろう。
ただし、日本銀行の利上げを巡る政府の姿勢も日々変動しており、それに合わせて日本銀行は利上げ時期を巡る発言を変動させてきたと考えられる。それこそが、日本銀行と市場との対話に混乱を生じた背景なのではないかと推察される。
17日に加藤財務大臣は記者会見で、「賃金と物価が上がり、金利が動くというのが本来の経済の姿」、「物価上昇が先行し、賃金が上がっているものの、累積で追いついている状況ではなく、国民は大変厳しさを抱えている」などと述べている。こうした発言からは、利上げはなお拙速、とのニュアンスがうかがえる。
岸田政権は、日本銀行は異例の緩和を長く続ける中、内外金利差の拡大などが急速な円安を生じさせ、それが物価高を通じて個人消費を悪化させていることを懸念していた。そこで、岸田政権は、円安阻止に向けて、日本銀行が金融政策の正常化に転じることを受け入れていたと考えられる。そうした政治的背景の下、日本銀行は昨年3月にマイナス金利政策の解除に踏み出すことができたのである。
他方、石破政権は、日本銀行の利上げを基本的には歓迎していないように見える。昨年10月の政権発足直後には、政権は、政府のデフレからの完全脱却に向けて日本銀行に協力を求め、早期の利上げを牽制するような発言も閣僚から聞かれた。その後、金融政策の決定では日本銀行の独立性を尊重する本来の姿勢に戻ったが、政権内、あるいは与野党、国会などでは、日本銀行の利上げを歓迎しない意見がなお根強いのではないか。利上げが、賃金・物価の好循環の妨げとなり、デフレからの完全脱却の逆風となることを警戒している向きは少なくないだろう。
ただし、日本銀行の利上げを巡る政府の姿勢も日々変動しており、それに合わせて日本銀行は利上げ時期を巡る発言を変動させてきたと考えられる。それこそが、日本銀行と市場との対話に混乱を生じた背景なのではないかと推察される。
17日に加藤財務大臣は記者会見で、「賃金と物価が上がり、金利が動くというのが本来の経済の姿」、「物価上昇が先行し、賃金が上がっているものの、累積で追いついている状況ではなく、国民は大変厳しさを抱えている」などと述べている。こうした発言からは、利上げはなお拙速、とのニュアンスがうかがえる。
2つの条件がクリアされたとの証拠づくりに動く日本銀行
日本銀行は、春闘での賃上げのモメンタムとトランプ次期政権の経済政策の2つを見極めることを、次回の利上げの条件としている。双方ともに、完全に見極めることができるのはかなり先になるが、日本銀行は、日銀支店長会議などで、企業の前向きな賃上げ姿勢が継続していること、1月20日の大統領就任演説で、予想外の政策が打ち出されなかったことを理由にして、来週に利上げに踏み切る方針なのだろう。
このように、日本銀行が、利上げ実施の条件を明示することは珍しい。通常は政策は総合判断で決めるものだ。そうせざるを得なかった背景にも、政治的要因があるのではないか。
政府あるいは政治サイドは、高い賃上げ率がまだ定着しないタイミングで日本銀行が利上げを行えば、賃金と物価の好循環はとん挫し、デフレからの完全脱却が遠のくことを警戒しているのではないか。また、トランプ次期政権の追加関税などによって、日本経済がかなりの打撃を受ける可能性があり、利上げはその際の経済状況を一段と悪化させてしまうことを警戒しているのではないか。
つまり、政府、政治サイドが警戒する2つの要因を日本銀行は敢えて利上げ実施の条件として掲げ、それらを慎重に見極めたという証拠づくりをした上で、双方ともクリアされたとの説明をして、利上げに踏み切る戦略なのではないか。
ただし、大統領就任演説でトランプ氏の政策が相当分見極められるとする日本銀行の説明にはかなり無理がある。それは、日本銀行も十分に承知しているだろう。
しかし、利上げが遅れ、円安がさらに進むことは、目先の物価上昇リスクを高め、個人消費を悪化させるなど、日本経済を不安定化させかねない。そして、トランプ次期政権が追加関税などの経済政策を打ち出す前に利上げを行うことで、トランプ次期政権の経済政策によって日本経済が仮に悪化する場合に備えて、利下げの「のりしろ」を一定程度確保できる、という日本銀行の計算もあるのではないか。
このように、日本銀行が、利上げ実施の条件を明示することは珍しい。通常は政策は総合判断で決めるものだ。そうせざるを得なかった背景にも、政治的要因があるのではないか。
政府あるいは政治サイドは、高い賃上げ率がまだ定着しないタイミングで日本銀行が利上げを行えば、賃金と物価の好循環はとん挫し、デフレからの完全脱却が遠のくことを警戒しているのではないか。また、トランプ次期政権の追加関税などによって、日本経済がかなりの打撃を受ける可能性があり、利上げはその際の経済状況を一段と悪化させてしまうことを警戒しているのではないか。
つまり、政府、政治サイドが警戒する2つの要因を日本銀行は敢えて利上げ実施の条件として掲げ、それらを慎重に見極めたという証拠づくりをした上で、双方ともクリアされたとの説明をして、利上げに踏み切る戦略なのではないか。
ただし、大統領就任演説でトランプ氏の政策が相当分見極められるとする日本銀行の説明にはかなり無理がある。それは、日本銀行も十分に承知しているだろう。
しかし、利上げが遅れ、円安がさらに進むことは、目先の物価上昇リスクを高め、個人消費を悪化させるなど、日本経済を不安定化させかねない。そして、トランプ次期政権が追加関税などの経済政策を打ち出す前に利上げを行うことで、トランプ次期政権の経済政策によって日本経済が仮に悪化する場合に備えて、利下げの「のりしろ」を一定程度確保できる、という日本銀行の計算もあるのではないか。
プロフィール
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木内 登英のポートレート 木内 登英
金融ITイノベーション事業本部
エグゼクティブ・エコノミスト
1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。
※組織名、職名は現在と異なる場合があります。