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大統領就任初日に大量の大統領令に署名

20日に就任したトランプ大統領は、事前に明らかにしていた通りに、初日に多くの大統領令に署名をした。そこには、2015年採択の気候変動対策の枠組み「パリ協定」からの離脱、世界保健機関(WHO)からの離脱、2021年1月の議事堂襲撃事件に加わった自らの支持者ら1,500人への恩赦、不法移民の流入が問題となっているメキシコとの南部国境をめぐっての国家緊急事態宣言、連邦職員の採用凍結と職場復帰の命令などが含まれた。

それらに加えてトランプ大統領は、バイデン前大統領が発布した78もの大統領令を破棄する大統領令にも署名した。それには、2030年までに米国の新車販売の半分をゼロエミッション車とする命令、一期目のトランプ政権で引き離された移民家族の再会に向けた委員会の設置、キューバのテロ支援国家指定解除などが含まれた。それ以外に取り消されたバイデン政権の大統領令には、人種の公平性実現への支援や、性自認に基づく差別の防止、気候変動への取り組みなど、民主党らしい政策が含まれており、それらが一気に覆されることになった。

メキシコとカナダからの輸入品への一律関税は2月1日までに実施

ちなみに、初日のトランプ大統領の大統領令に入らなかったことで注目を集めたものとして、暗号資産の支援策と追加関税が挙げられる。昨年12月にトランプ氏は、中国からの輸入品に一律10%の追加関税、カナダ、メキシコからの輸入品に一律25%の関税を課すとし、それに関する大統領令を就任日に打ち出すと説明していた(コラム「トランプ米大統領就任:政策を大転換し再び米国第一主義に:追加関税発動は先送りも基本姿勢は変わらず」、2025年1月21日)。

中国からの輸入品に一律10%の追加関税を課す大統領令を出さなかった理由として、過去の米中貿易合意の履行状況を調べるため、と政府は説明している。他方、トランプ米大統領は、メキシコとカナダからの輸入品に最大25%の関税を2月1日までに賦課することを計画していると述べた。両国が不法移民と薬物の米国流入阻止に十分な対策を講じていないため、一律追加関税を課すとする以前からの主張は変わらないのである。

金融市場では、大統領令に追加関税が入らなかったことで、追加関税に向けたトランプ大統領の姿勢がやや軟化しているとの見方も一時浮上したが、これは誤りだろう。

すべての国に一律関税を課す考えを改めて示す

さらにトランプ大統領は、「米国でビジネスをしているすべての国に一律関税を課す」とした。ただし、その措置を講じる「準備はまだできていない」と述べた。さらにトランプ大統領は、「(米国でビジネスをしているすべての国)は米国にやって来てわれわれの富を盗み、われわれの雇用を盗み、われわれの企業を盗み、われわれの企業に損害を与えているからだ。それを阻止するために関税を課すのだ」と語っており、広範囲の国に対して一律関税を課すことへの意思は非常に強い。

トランプ大統領にとっての課題は、特定の品目ではなくすべての品目に一律関税を課すことを法的に正当化する、最適な手段を見出すことだ。その作業が難航すれば、一律関税実施の時期が後ずれする、あるいは対象国が制約されるということも起こり得るだろう。

大統領令とは何か

ところで「大統領令(行政命令)」は、法的拘束力を伴う命令であり、連邦政府の行政機関に対して、現行の連邦法をどのように施行するかを大統領が指示するものである。

米国憲法には、大統領令などの行政措置についての明確な規定はない。しかし、大統領には政府の日常的運営など、権限を有する政策分野で発令権が与えられているというのが、一般的な法解釈となっている。他方で、大統領に新たな権限を与えるために大統領令を用いることはできない。

議会が大統領令を覆すことはできないが、それに関連する予算を認めないことで、その実行を妨げることは可能だ。例えば、かつてオバマ大統領がキューバ・グアンタナモ米軍基地内の収容所を閉鎖する大統領令を発令した際には、議会は、米国への収容者移送のための予算を議会が阻止し、その実施を妨げた。

他方、大統領令の影響を受ける当事者が異議を申し立て、裁判所がその原告の主張を認める場合には、大統領令が違法と認定される可能性もある。

カリフォルニア大学サンタバーバラ校の「米大統領プロジェクト」によると、トランプ政権の1期目には、合計で220、年平均で55の大統領令が発令された。トランプ氏の年平均数は、ジミー・カーター氏以降で最多であったが、フランクリン・D・ルーズベルト大統領の発令数の年平均307、合計3721には遠く及ばなかった。

(参考資料)
“How US Presidents Wield Power With Executive Orders: QuickTake(トランプ氏の大統領令は覆せるか、覚書や布告とは何か)”, Bloomberg, January 20, 2025

プロフィール

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    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。