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政策委員の意見が大きく割れる歴史的な会合に

日本銀行は1月29日(水)に、10年前の2014年下期(6月~12月)に開かれた金融政策決定会合の議事録を公表する。「量的・質的金融緩和の拡大」を決めた2014年10月31日開催の会合の議事録もこれに含まれる。

この会合では、当時政策委員であった著者も含め、9人中4人の委員が反対するという、歴史的な採決となったことから、その際の政策委員の発言や議論は大いに注目されるところだ。

当時は、輸入物価の上昇による一時的な物価上昇を、金融緩和の効果による持続的な物価上昇率の上振れと、不正確な解釈がなされた点と、コストプッシュ型による物価上昇の影響から個人消費が打撃を受けた点を十分に認識できなかった。こうした点で10年後の現在の金融政策が抱える課題と共通する部分があり、今後の日本銀行の金融政策を考える観点からも重要な資料となるだろう。

「量的・質的金融緩和の拡大」 に至る経緯

日本銀行が2013年4月に導入した「量的・質的金融緩和」の効果に対する金融市場や国民からの期待は、2013年中は続いたが2014年に入ると次第に冷めていった。さらに、当初「2年程度を念頭に」2%の物価安定目標の実現を目指すとしていたが、その実現はどんどんと遠のいていったのである。

日本銀行は、2014年7月時点で、2015年度の消費者物価(除く生鮮食品)の見通し(政策委員の予測中央値)は+1.9%(消費税率引き上げの影響を除く)であり、量的・質的金融緩和の導入から2年程度が経過してもなお2%の物価安定目標には及ばない見通しとなっていた。そして、2014年に入ってからの物価上昇率の下振れを受けて、2014年10月時点の次回の見通しでは、その物価見通しがさらに下方修正されることが避けられない情勢だった。

当初2年程度と宣言した2%の物価安定目標の達成時期が遠のくなかで、日本銀行がそれを黙認すれば、もはや2%の物価安定目標を早期に達成する意思がなくなった、と金融市場や企業、個人が考えるようになると考えた。当時、期待に強く働きかける政策を掲げていた日本銀行の執行部にとって、それは看過できない事態であった。

そこで、展望レポートで物価見通しのさらなる下方修正を示すタイミングに合わせて追加緩和措置を実施し、物価目標達成に向けた日銀の意思を改めて強調しようとしたのが、2014年10月の「量的・質的金融緩和の拡大」決定だったのである。

物価と個人消費の基調を読み誤ったか

こうして「量的・質的金融緩和の拡大」に至るまでに、異次元緩和を主導する日本銀行の執行部は、2つの点を見誤っていたのではないか。第1は、2013年4月に導入した「量的・質的金融緩和」導入後に消費者物価上昇率が顕著に上昇したことを、金融緩和の効果と考えたことだ。実際にはそれは過大評価であり、同政策は期待した効果を発揮しなかったことは、昨年12月に日本銀行が公表した「金融政策の多角的レビュー」では認めているところだ(NRIジャーナル「金融政策の多角的レビュー」、2025年1月10日)。

2013年末の安倍政権発足で高まった「アベノミクス」への期待が急速な円安を生んだこと、海外で原油価格が上昇していたことの2点が、物価上昇率が高まった主な背景だった。これらはコストプッシュ型の物価上昇率の高まりであり、持続的なものではなかった。

第2は、個人消費の基調を読み切れていなかったことだ。2014年に入ってからの個人消費には、上振れ傾向が見られていた。これは、2014年4月の消費税率引き上げ前の駆け込みによるところが大きかったが、日本銀行の執行部は、金融緩和の効果が個人消費の堅調をもたらしているとの解釈をしていた。さらに、消費税率が引き上げられれば、駆け込みの反動が一定程度生じることは覚悟していたが、実際の個人消費の落ち込みは想定以上だった。

これは、消費税率の引き上げが個人消費を悪化させたというよりも、円安、原油高によるコストプッシュ型の物価上昇の上振れが、個人消費の基調を損ねていたにも関わらず、消費税率引き上げ前の駆け込み需要によって覆い隠されて、それが十分に認識されていなかった結果、と考えられる。

円安が一巡し、原油価格が下落し、さらに消費税率の引き上げ後の個人消費が下振れると、物価上昇率の下振れ傾向はより顕著になっていった。

成功体験が方向転換の障害となり軌道修正の機会を逸した

2013年4月の「量的・質的金融緩和」導入以降の物価上昇率の上振れは、実際には、円安、原油高などによる一時的な現象であったが、日本銀行の執行部はそれを金融緩和の効果と解釈した。そのため、物価上昇率が下振れに転じても、それは金融緩和の効果が期待されたほどではなかったことを表しているのではなく、原油価格下落、円安の一巡による一時的なものと解釈した。

金融緩和効果が発揮されて物価上昇率が高まったという認識、そうしたいわゆる成功体験があったことが、金融緩和を強化するという「量的・質的金融緩和の拡大」の決定につながっていったのである。

この時は、異例の金融緩和策を軌道修正する重要な機会であったが、それを逸してしまった。成功体験が妨げとなり、日本銀行の執行部は金融緩和の強化に踏み切った。この決定は、2023年3月まで続く異例の金融緩和を振り返ると、大きな分岐点だったと言えるだろう。

再びサプライズを狙った政策に反対意見

日本銀行は2014年10月31日の決定会合で、マネタリーベース増加額の目標を、それまでの年間約60兆円~70兆円から年間約80兆円へと引き上げた。また、長期国債について、買入れ増加額を約30兆円追加し、保有残高が年間約50兆円ペースで増加する目標を、約80兆円に引き上げる、などの「量的・質的金融緩和の拡大」を決めた。

2014年10月の「量的・質的金融緩和の拡大」は2013年4月の「量的・質的金融緩和」と同様に、金融市場などのサプライズを明らかに狙ったものだ。このタイミングで追加策が実施されることは、事前に予想されていなかったのである。

この政策は、9人の政策委員のうち、4人が反対する異例の僅差での採決となった。議事要旨を見ると、「量的・質的金融緩和の拡大」に慎重な意見としては、「経済・物価の基本的な前向きのメカニズムは維持されており、現行の金融市場調節方針・資産買入れ方針を維持することが適切である」、「追加的な金融緩和による効果は、それに伴うコストや副作用に見合わない」、「経済・物価に対する限界的な押し上げ効果は大きくない」、「(期待への働きかけについて)効果は導入時と比べてかなり限定的なものにとどまる」などの意見が聞かれた。また、緩和の強化が市場機能の低下、金融機関の収益や仲介機能に与える悪影響、実質的な財政ファイナンスであると見なされるリスクについての指摘もなされた。

さらにある委員は、「現状では、追加緩和よりも成長力を強化するための構造改革が、より重要な局面である」とした。

現在の金融政策への教訓

2014年10月の「量的・質的金融緩和の拡大」決定とその前後での金融政策決定会合での議論から、現在の日本銀行はどのような教訓を得ることができるだろうか。

第1は、物価上昇のメカニズムを理解し、その持続性を正確に判断することの重要性だろう。10年前は、円安、原油高による一時的な物価上昇を金融緩和の効果と不正確に解釈していた面があった。その結果、日本銀行は、異例の金融緩和を見直す機会を逸してしまったのである。ここが、その後長期化する金融緩和につながる重要な分岐点だった。

現状では、2%を超える物価上昇率が続いているが、これも歴史的な円安によるコストブッシュ型の物価上昇率上振れの側面が強い。それは、個人消費を損ねており、日本銀行が目指す、堅調な国内需要に支えられ、賃金・物価の好循環を伴う持続的な物価上昇とは異なる、という点をもっと強く認識すべきだ。

金融政策の正常化などを通じて、円安進行に歯止めをかけることで、物価上昇率は低下し、それが個人消費の回復につながることが期待できる。この観点から、日本銀行は為替の安定も視野に入れて、追加利上げをさらに進めるべきだ。

第2は、柔軟な金融政策運営の重要性だ。10年前には、日本銀行は2%の物価目標達成に強くこだわった結果、硬直的な金融政策運営がなされていた。現状でも日本銀行は2%の物価目標達成を目指しているが、円安が一巡すれば、物価上昇率は1%に向けて低下していくだろう。その際には、正常化を進めている日本銀行は、一転して追加緩和の実施を強いられるのではないか。そうなれば、異例の金融緩和の長期化がもたらす様々な副作用のリスクを再び高めてしまうだろう。

実際には、2%の物価目標は適切ではなく高すぎる目標と考えられる。2%の物価目標を中長期の目標へ柔軟化した上で、柔軟な金融政策運営を完全に取り戻していていくことが重要だ。

こうした点から、日本銀行は、10年前の「量的・質的金融緩和の拡大」決定がもたらした教訓を、今後の金融政策運営に十分に生かすように努めることが求められる。

プロフィール

  • 木内 登英のポートレート

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。