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2つのリスク要因がクリアされた

日本銀行は24日に開かれた金融政策決定会合で、政策金利を0.25%程度から0.5%程度へと引き上げる利上げを実施した。会合後の総裁記者会見では、利上げについての基本的な方針、考え方は従来から変わっていないことが強調され、さらなる利上げの方向性が示された。

しかし、今後の利上げの時期、ペース、到達点(ターミナルレート)等を示唆する具体的な発言はなかった。会合での政策決定と総裁記者会見を受けた金融市場の反応は、比較的限定的だった。

利上げの決定の背景について総裁は、展望レポートで示される経済、物価見通しに概ね沿っている(オントラック)であり、2%の物価目標達成の確度が高まっていることが、利上げを決めた最大の理由であると説明した。そのうえで、利上げを決める際にチェックすべきリスク要因として、第1に、事前に春闘に向けた賃金上昇のモメンタム、第2にトランプ政権の経済政策と金融市場の反応を挙げていた。そのいずれもがクリアされたことから、利上げを決めたとの説明である。日本銀行が利上げ決定に際してチェックすべきリスク要因を事前に明示することは異例だ。

賃金については、企業の賃上げに向けた姿勢が昨年より強まっていることが、日本銀行の支店からの報告で明らかになったことなどから、春闘に向けた賃金上昇のモメンタムは維持されていると判断できた、と日本銀行は説明した。また、トランプ政権の経済政策については、現状では予想外のものが打ち出されておらず、金融市場の反応も限定的であることから、利上げの障害ではないと判断した、と日本銀行は説明している。
 

物価見通しの上方と政策金利の中立水準に注目が集まる

他方、記者会見でも質問が多く出たのは、展望レポートでの物価見通しが、2024年度から2026年度について、いずれも上方修正されたことだ。これが基調的な物価上昇率が顕著に高まり、日本銀行の従来の物価見通しの上方リスクが高まっていることを示す場合、そして、政策対応が遅れるビハインド・ザ・カーブのリスクが高まる場合には、日本銀行の先行きの利上げペースは加速する可能性も出てくる。

しかしながら、物価見通しの上昇修正の要因は、政府のエネルギー補助金制度、円安、米価上昇など一時的要因であり、またコストプッシュ型の性格が強いものだ。従って、今回の展望レポートでの物価見通しの上方修正は、今後の金融政策に直接的に大きく影響するものではないだろう。

先行きの日本銀行の利上げのペースや到着点への関心がさらに強まる中、政策金利の中立水準についても多くの質問が出た。しかし、中立金利についての推計の幅は大きく、中立金利の水準は不明確、との日本銀行の見解は従来と変わらず、先行きの利上げを占う材料は示されなかったのである。

金融政策は政府の意向の影響を受けているか

今回の利上げの直前には、副総裁と総裁がともに決定会合で利上げを議論すると発言し、力づくで利上げを金融市場に織り込ませた印象があった。そうした不自然な市場とのコミュニケ―ションについても質問が出たが、総裁は直接それに答えなかった。

こうした副総裁、総裁の発言や、利上げを決める際にチェックすべきリスク要因を事前に掲げたことなどは、異例なことと感じられる。その背景には、経済への悪影響を警戒して、政府が利上げに難色を示していることがあるのではないかと推察される(コラム「事前予想通りに利上げに動いた日銀」、2025年1月24日)。

今後の利上げについても、日本銀行は政府に配慮をすることが求められるだろう。日本銀行の利上げの決定に大きな影響を与えるものとして、政府の意向があると推察される。今回の利上げの際に、政府代表者が議決延期請求権を行使するとの観測も事前に合ったことも、政府側の利上げへの慎重姿勢を表しているだろう。

利上げ時期の決定には政府の意向が大きく影響している可能性が考えられるが、その点は、総裁記者会見で浮き彫りになることはなかった。

プロフィール

  • 木内 登英のポートレート

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。