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対中追加関税を巡るトランプ大統領の発言に翻弄された金融市場

1月20日のトランプ米大統領就任から1週間たらずのうちに、トランプ政権の対中貿易政策、特に関税策に関する金融市場の観測は大きく揺れた。従来公言してきたように、トランプ政権は中国に対して大幅な一律関税を課す戦略なのか、それとも協調を模索して柔軟な戦略をとるのか、トランプ政権が発する対中政策姿勢のメッセージは硬軟入り混じっており、金融市場はそれに翻弄されている。

1月20日の就任初日にトランプ大統領は、中国に対して10%の一律追加関税を課す大統領令に署名することを見送った。その理由として、トランプ政権は、同政権1期目に米中が結んだ貿易合意の中国側の履行状況を調査するため、と説明した。実際、トランプ大統領は同日のうちに、「米国第一の通商政策」と題した大統領覚書に署名している。それは、米中間の貿易合意の履行状況を調べ、4月1日までに関税措置を含めた対応策を提案することを求めるものだ。

米通商代表部(USTR)は24日、トランプ米大統領が署名したこの大統領覚書に基づいて、中国との経済、貿易関係の検証を始めると発表した。「米国にとって不公平となる可能性のある外国の貿易慣行」を対象にすると説明している。

1月21日になるとトランプ大統領は、中国から合成オピオイドの一種フェンタニルが米国に流入しており、中国がそれを厳格に取り締まらないことへの報復として、中国からの輸入品に対して一律10%の追加関税を課すことを引き続き検討していると明言した。その時期は「恐らく2月1日を考えている」とし、来月にも実施の可能性があることを示唆したのである(コラム「中国への一律追加関税決定は2月にも:トランプ大統領の強硬姿勢に揺らぎはない」、2025年1月22日)。

「私はむしろそれ(関税)を使いたくない」という発言

ところが1月23日のFOXニュースのインタビューでトランプ大統領は、「われわれは中国に対し一つの非常に大きな力を持っている。それは関税だ。彼らはそれを望んでおらず、私はむしろそれを使いたくない。ただ、それは中国に対し極めて大きな影響力がある」と語った。「私はむしろそれ(関税)を使いたくない」という発言が、金融市場では、トランプ大統領の対中強硬姿勢が後退したと受け止められた。

しかし発言の全体の文脈を見れば、引き続き、追加関税という強力な武器で中国から大きな譲歩を引き出す姿勢であり、少なくとも無条件で追加関税の実施を見合わせることを示唆したとは読めない。

また、ルビオ国務長官は24日に、中国の王毅政治局委員兼外相と電話会談を行った際に、トランプ政権として、アメリカと国民の利益を「最優先」とする米中関係を追求する考えを伝えた。

このように、わずか1週間足らずの間に、トランプ大統領の対中貿易政策についてのトランプ大統領の発言は大きく振れ、世界の金融市場はそれに翻弄された。1期目の政権当時から、トランプ大統領の発言は一貫性を欠き、矛盾に満ちている。こうした状況は今後も続くであろうし、その結果、トランプ大統領の中国に対する関税政策の最終着地点は容易には見えてこないだろう。

対中国の米国貿易赤字は最大

しかし、トランプ大統領がルビオ国務長官、グリアUSTR代表候補など対中強硬派で固めていることを踏まえると、この先、硬軟織り交ぜる交渉姿勢を戦略的にとるとしても、対中強硬姿勢は基本的には変わらない、と見ておくのが妥当なのではないか。

トランプ大統領は、政権1期目に果たせなかった目標を、2期目で果たそうとしている。米国の貿易赤字の解消も、果たせなかった重要な目標のうちの一つだ。

2024年の貿易統計で、米国の貿易赤字額(財)のうち、国別で見て最大なのが中国である。その比率は21.7%(1~11月の累計)で、2番目に大きいメキシコの12.7%を大きく上回っている。欧州連合(EU)の17.3%も上回っている(図表1)。また輸入額に占める中国の比率は10.8%と、国別に見ればメキシコに次いで第2位の規模である(図表2)。

中国側の統計で見ると、中国の2024年の対米財貿易黒字は3,600億ドルで、1期目のトランプ政権が2018年1月に追加関税を課し始めた時点の水準を23%も上回っている。

トランプ政権は、追加関税によって中国からの一部製品の輸入を抑制したが、電子機器、プラスチック、医薬品などについては依然として中国からの輸入に大きく依存している。またトランプ大統領は、第3国を通じた迂回輸出で中国製品、あるいは中国の部品、材料を用いた製品が、米国に大量に流入していると考え、問題視している。実際、ベトナムやメキシコなどの地域で中国系企業が中国製部品を使用して製造した製品が、米国に多く流入しているとみられる。
 
図表1 米国の貿易赤字額(財)上位10か国


図表2 米国の貿易輸入額(財)上位10か国

中国に対してどの国よりも強硬な姿勢で臨む

このような点を踏まえると、トランプ大統領が対中貿易強硬政策を一期目よりも軟化させるとは考えにくい。どの国に対してよりも、強硬な姿勢で臨むだろう。トランプ大統領の振れが大きい日々の発言に惑わされることなく、トランプ政権の強硬な対中貿易政策が、世界経済の大きなリスクという認識を堅持したい。
 
(参考資料)
"Trump Keeps China Guessing on Tariff Threats(関税振りかざすトランプ氏、中国を翻弄), Wall Street Journal, January 23, 2025
"China Has a $1 Trillion Head Start in Any Tariff Fight(中国、関税戦争で1兆ドルのアドバンテージ)" , Wall Street Journal, January 20, 2025

プロフィール

  • 木内 登英のポートレート

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。