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トランプ関税を受けて日本株は大幅下落

トランプ大統領は2月1日に、カナダとメキシコからのほぼすべての輸入品に25%の関税を、そして中国に10%の追加関税を課す大統領令に署名した。4日に発動される。米国経済への悪影響を和らげるため、カナダ産の石油や重要鉱物などについては税率を10%に抑える措置が講じられた(コラム「国際緊急経済権限法に基づきトランプ大統領はカナダ、メキシコ、中国の3か国に一律関税適用を決定:今後の一律関税拡大は法律の壁など『4つの壁』に阻まれる可能性」、2025年2月3日)。
 
これを受けて週明け3日の東京市場ではリスク回避傾向が強まり、株価が大幅に下落した。日経平均株価は、寄り付き直後に一時、前週末比1,100円を超える大幅下落となった。メキシコ、カナダの両国に工場を有する日系自動車メーカーの株価下落が目立った。
 
為替市場でドル円レートは、先週末の1ドル155円程度から、156円近くまでややドル高円安が進んだ。世界の為替市場ではドル全面安の様相が強まっているが、円がリスク回避で選好される面がある分、ドル円レートの上昇幅はやや限定的であるようにみえる。

日銀追加利上げの制約にも

1月24日の日本銀行の追加利上げは、金融市場が不安定化する前の、ぎりぎりのタイミングで実施できたように見える。トランプ関税の影響から金融市場がこのように不安定化するもとでは、日本銀行の追加利上げ実施は強い制約を受けるだろう。
 
3日に公表された1月23・24日の日本銀行金融政策決定会合の主な意見では、「利上げ後も、実質金利は大幅なマイナスであり、経済・物価がオントラックであれば、それに応じて、引き続き利上げをしていくことで、そのマイナス幅を縮小していく必要がある」など、追加利上げに前向きな発言が少なくなかった。しかし、金融市場が、トランプ関税が日本を含めて拡大されていく可能性、報復の応酬の可能性、世界経済、日本経済・企業への悪影響を懸念して不安定化の動きを続ける間は、追加利上げは難しいだろう。
 
日本銀行の利上げは、トランプの関税政策が本格化する前の駆け込み、あるいはトランプ関税によって経済、金融市場が大きく動揺する場合の利下げ余地の確保、という狙いがあった可能性もあるのではないか。
 
次回利上げは今年9月までずれ込むと見ておきたいが、トランプ関税の行方次第では、利上げ停止や利下げの可能性さえ出てくるだろう。

報復関税の応酬が始まり世界経済の下方リスクを高める

カナダのトルドー首相は、米国からの輸入品に報復関税を課すことを明らかにした。4日から、300億カナダドル(約3兆円)に相当する米国からの輸入品に25%の関税をかける。ビールや二輪車などが対象に含まれる。さらにその21日後に1,250億カナダドル相当の米国製品を25%関税の対象に加える。カナダ銀行(中央銀行)は両国が25%の関税をかけ合った場合、初年度にカナダの国内総生産(GDP)を2.5%押し下げると試算する。この場合、カナダ経済は一気に後退局面に陥るだろう。
 
またカナダの首都オタワや最大都市トロントを抱えるオンタリオ州政府は2日に、米国による関税措置に対抗して、米国産の酒を店頭から撤去する方針を発表した。ケベック州やブリティッシュコロンビア州なども同様の対応を表明している。
 
メキシコ政府も報復措置を講じる考えを明らかにしており、豚肉やチーズ、鉄鋼などの米国製品に5~20%の報復関税を課す可能性があると報じられている。中国は、世界貿易機関(WTO)に提訴する考えを示している。
 
モルガン・スタンレーは、今回の関税引き上げによって、カナダのGDPは2.3%~2.8%、メキシコは2.0%~2.5%、中国は1.0%からそれ以上、それぞれ低下すると試算している。さらに、サプライチェーンの混乱や物価高を通じて米国のGDPも1年間で0.7%~1.1%低下すると試算した。
 
さらにトランプ政権は欧州連合(EU)に対しても追加関税を課すことを明言している。EUによる米国自動車や農産物の輸入が不十分であるとして、「近いうちに」、「間違いなく実施」するとしている。他方EU側は、トランプ政権がEUに対して関税を課す場合には、「断固として対応する」として、報復措置を講じる可能性を示唆している。
 
関税を巡り、トランプ政権が日本に対してどのようなスタンスであるかについては、7日の日米首脳会談で部分的に明らかになる可能性もあるだろう。

「4つの壁」がどの程度トランプ関税の拡大を食い止めるか

トランプ政権の関税の対象はさらに拡大する方向にあり、報復関税の応酬によって、世界経済の下方リスクがさらに強まる可能性がある。他方注目したいのは、米国の産業界から、トランプ政権の関税政策に批判が生じていることだ。
 
米商工会議所は、関税引き上げは問題解決にならず、家計に価格が転嫁されるだけと批判した。
 
全米小売業協会(NRF)は「政策失敗のコストを米国の家族、労働者、中小企業に転嫁するのを避ける解決策を見つけるため、交渉を続けるように強く求める」と述べた。
 
米石油協会(API)は米国消費者のエネルギー購入に支障が生じるとして、エネルギー関連をカナダ、メキシコに対する関税の対象外にすることをトランプ政権に求めていく考えを示した。
 
全米鉄鋼労働組合(USW)はカナダへの関税を撤回するようにトランプ政権に求めている。
 
さらに注目されるのは、サウスカロライナ州選出の上院共和党議員ティム・スコット氏が、「関税はサウスカロライナ州の住民に対する増税以外の何物でもない」と、トランプの関税を強く批判していることだ。
 
海外からの批判や報復措置によってトランプ政権の関税拡大を食い止めることは難しいが、米国内の産業界、国民、議会からの反発が強まれば、それはトランプ政権の関税拡大に一定程度歯止めになる可能性はある。
 
トランプ大統領が目指す関税を制限するのは、米国内での「法律の壁」、「議会の壁」、「世論の壁」、「事務負担の壁」の「4つの壁」と考えられる(コラム「国際緊急経済権限法に基づきトランプ大統領はカナダ、メキシコ、中国の3か国に一律関税適用を決定:今後の一律関税拡大は法律の壁など『4つの壁』に阻まれる可能性」、2025年2月3日)。ただし、これら「4つの壁」が、トランプ政権が目指す追加関税の拡大を、どの程度の規模で食い止めることになるのかは明らかでない。

(参考資料)
「カナダ、トランプ関税に報復 まず3兆円分に25%」、2025年2月2日、日本経済新聞電子版
「米産業界、トランプ関税に懸念表明相次ぐ 車労組は歓迎」、2025年2月3日、日本経済新聞電子版
「トランプ関税、4カ国でGDP90兆円消失 半分は米の試算」、2025年2月3日、日本経済新聞電子版

プロフィール

  • 木内 登英のポートレート

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。