インフレを巡る石破首相の発言は追加利上げに向けた慎重姿勢の反映か
4日の衆院予算委員会で植田日銀総裁は、国内物価情勢がデフレかインフレかと問われ、「昨年(2月)も答えたが、現在はデフレではなく、インフレの状態にあるという認識に変わりはない」と答えた。
これに対して石破茂首相は、「日本経済はデフレの状況にはないが、脱却できていない。今インフレと決めつけることはしない」と述べた。インフレかどうかの判断を明確にしなかったのである。
日銀総裁と首相との間でインフレ、デフレを巡る認識の差が浮き彫りになったことを受け、赤沢経財相は5日、植田総裁の発言について、「現状において消費者物価が上昇している点を踏まえて、インフレの状態との認識を述べられた」「経済学的に申し上げれば足元の消費者物価が上昇しているという点でインフレの状態とおっしゃるのはその通り」とし、「植田総裁の認識と特に齟齬(そご)はない」と語り、火消しに動いた。
デフレ、インフレを巡る日銀総裁と首相との発言の差は、追加利上げを巡る両者の姿勢の差を反映していると言えるだろう。植田総裁には、現状がインフレとの認識を示すことで、さらなる追加利上げなど金融政策の正常化を正当化する意図があるのではないか。
他方政府は、デフレからの完全脱却を実現しようとしており、日本銀行の追加利上げがその妨げになることを警戒しているだろう。インフレに否定的な石破首相の発言は、追加利上げに向けた慎重姿勢の反映ではないか。
これに対して石破茂首相は、「日本経済はデフレの状況にはないが、脱却できていない。今インフレと決めつけることはしない」と述べた。インフレかどうかの判断を明確にしなかったのである。
日銀総裁と首相との間でインフレ、デフレを巡る認識の差が浮き彫りになったことを受け、赤沢経財相は5日、植田総裁の発言について、「現状において消費者物価が上昇している点を踏まえて、インフレの状態との認識を述べられた」「経済学的に申し上げれば足元の消費者物価が上昇しているという点でインフレの状態とおっしゃるのはその通り」とし、「植田総裁の認識と特に齟齬(そご)はない」と語り、火消しに動いた。
デフレ、インフレを巡る日銀総裁と首相との発言の差は、追加利上げを巡る両者の姿勢の差を反映していると言えるだろう。植田総裁には、現状がインフレとの認識を示すことで、さらなる追加利上げなど金融政策の正常化を正当化する意図があるのではないか。
他方政府は、デフレからの完全脱却を実現しようとしており、日本銀行の追加利上げがその妨げになることを警戒しているだろう。インフレに否定的な石破首相の発言は、追加利上げに向けた慎重姿勢の反映ではないか。
石破政権は当初、デフレからの完全脱却の妨げとならない金融政策を日銀に求めた
昨年10月に石破政権が発足した直後には、政権からは、「日本銀行は政府のデフレからの完全脱却に協力し、利上げがそれを妨げないように配慮して欲しい」といった趣旨の発言が出ていた。しかしこの主張は、日本銀行にとっては受け入れがたいものだった。
日本銀行の金融政策は、2%の物価目標の達成を目指して行われるものであり、政府の「デフレからの完全脱却」が目標ではない。しかも、政府の言うデフレの定義はかなり曖昧だ。赤沢経財相が指摘したように、日本銀行は、持続的に物価が下落している状態をデフレ、持続的に物価が高めに上昇している状態をインフレとしている。
しかし政府のいうデフレ脱却とは、物価の持続的な下落が止まるだけではなく、雇用環境の改善や実質賃金の上昇を伴い個人消費の本格回復など、もっと広い概念であり、また政治色が強いものだ。デフレやデフレ脱却の定義が明確でなく、デフレからの完全脱却は政府が判断して決めるものであるならば、日本銀行がそのデフレからの完全脱却に配慮した金融政策を行うことは、金融政策が政府に強く影響を受けてしまうことを意味する。
この点から、石破政権からの「日本銀行は政府のデフレからの完全脱却に協力し、利上げがそれを妨げないように配慮して欲しい」といった趣旨の発言は、日本銀行にとって受け入れがたいものだったのである。
その後、日本銀行が目的とするのは2%の物価目標の達成であり、それは2013年の政府と日本銀行の共同声明で確認したことだ、ということを日本銀行が石破政権に思い起こさせ、その後は、石破政権は、日本銀行の金融政策決定を表面的には尊重する姿勢に転じた。
日本銀行の金融政策は、2%の物価目標の達成を目指して行われるものであり、政府の「デフレからの完全脱却」が目標ではない。しかも、政府の言うデフレの定義はかなり曖昧だ。赤沢経財相が指摘したように、日本銀行は、持続的に物価が下落している状態をデフレ、持続的に物価が高めに上昇している状態をインフレとしている。
しかし政府のいうデフレ脱却とは、物価の持続的な下落が止まるだけではなく、雇用環境の改善や実質賃金の上昇を伴い個人消費の本格回復など、もっと広い概念であり、また政治色が強いものだ。デフレやデフレ脱却の定義が明確でなく、デフレからの完全脱却は政府が判断して決めるものであるならば、日本銀行がそのデフレからの完全脱却に配慮した金融政策を行うことは、金融政策が政府に強く影響を受けてしまうことを意味する。
この点から、石破政権からの「日本銀行は政府のデフレからの完全脱却に協力し、利上げがそれを妨げないように配慮して欲しい」といった趣旨の発言は、日本銀行にとって受け入れがたいものだったのである。
その後、日本銀行が目的とするのは2%の物価目標の達成であり、それは2013年の政府と日本銀行の共同声明で確認したことだ、ということを日本銀行が石破政権に思い起こさせ、その後は、石破政権は、日本銀行の金融政策決定を表面的には尊重する姿勢に転じた。
政治要因は引き続き日銀追加利上げの制約に
しかし底流では、石破政権から日本銀行に利上げに慎重な姿勢を求める働きかけはなお続いているのではないか。昨年末の利上げ観測の後退を受けた円安進行を受けて、政府の利上げ慎重姿勢が若干緩んだ間隙を縫って、日本銀行は1月24日に利上げを実施したとも言えるだろう。
しかし、この先も経済への悪影響、デフレからの完全脱却の妨げになるとの懸念から、日本銀行に対して追加利上げに慎重な姿勢を求める政府からの働きかけは続くだろう。その結果、日本銀行の追加利上げは緩やかなペースでしか進まないとみる。次回の利上げは今年9月と見ておきたい。
5日の火消しに動いた赤沢経財相の発言は、政府が日本銀行の利上げを容認するものと金融市場では受け止められた。また、5日に発表された12月分の名目賃金が上振れ、実質賃金が2か月連続でプラスになったことを受けて(コラム「実質賃金は下げ止まりも顕著な改善はなお見通せず:賃上げよりも円安修正による物価上昇率低下に期待」、2025年2月5日)、金融市場では日本銀行の利上げ期待が高まった。債券市場で10年国債利回りは1.29%まで上昇、為替市場でドル円レートは1ドル153円台前半と昨年12月以来の円高水準となった。
しかしこうした金融市場の反応は過剰であり、実際には、政府からの働きかけやトランプ政権による関税政策の不確実性と金融市場の不安定化が、日本銀行の追加利上げの大きな制約になっているのが現状とみられる。
しかし、この先も経済への悪影響、デフレからの完全脱却の妨げになるとの懸念から、日本銀行に対して追加利上げに慎重な姿勢を求める政府からの働きかけは続くだろう。その結果、日本銀行の追加利上げは緩やかなペースでしか進まないとみる。次回の利上げは今年9月と見ておきたい。
5日の火消しに動いた赤沢経財相の発言は、政府が日本銀行の利上げを容認するものと金融市場では受け止められた。また、5日に発表された12月分の名目賃金が上振れ、実質賃金が2か月連続でプラスになったことを受けて(コラム「実質賃金は下げ止まりも顕著な改善はなお見通せず:賃上げよりも円安修正による物価上昇率低下に期待」、2025年2月5日)、金融市場では日本銀行の利上げ期待が高まった。債券市場で10年国債利回りは1.29%まで上昇、為替市場でドル円レートは1ドル153円台前半と昨年12月以来の円高水準となった。
しかしこうした金融市場の反応は過剰であり、実際には、政府からの働きかけやトランプ政権による関税政策の不確実性と金融市場の不安定化が、日本銀行の追加利上げの大きな制約になっているのが現状とみられる。
プロフィール
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木内 登英のポートレート 木内 登英
金融ITイノベーション事業本部
エグゼクティブ・エコノミスト
1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。
※組織名、職名は現在と異なる場合があります。