コメの価格安定のため政府備蓄米放出を決定
「令和の米騒動」とも呼ばれた昨年夏頃に始まったコメの価格高騰は、今年に入ってからも収まる兆しはみられていない。政府は1月31日に、凶作などの時にのみ認められていた政府備蓄米の放出に関わる運用ルールを見直して、流通が目詰まりを起こした時にも放出できるようにした。
1年以内に同じ品質で同じ量のコメを買い戻すことを条件に、全国農業協同組合連合会(JA全農)などの集荷業者に放出することが想定されている。
2024年産米は、生産量が前年比で約18万トン増えたのに対し、JA全農など大手業者の集荷量は昨年12月末時点で約21万トン減少している。生産者は国内需要に見合うだけのコメを生産したものの、集荷業者にコメが集まらず、品不足が生じているのである。農水省は、コメの値上がりを見込んだ小規模業者などがコメを抱え込んだことで流通が停滞していると分析しているようだ。
政府は、運用ルールを見直すというアナウンスメントで、買い占められたコメが市場に出回りコメの価格を下げるという効果を期待し、しばらく様子見することも予想された。しかし実際には、政府は早期に政府備蓄米の放出に踏み切ることにしたのである。
江藤農相は12日の閣議後記者会見で、政府備蓄米の放出方針を巡り「対象者や数量、入札の方法を14日に発表する」と述べた。この入札の概要の公表の後に、入札の開催を正式に知らせる「公告」の実施、入札の実施、備蓄米の受け渡しといった段階を経て、落札者の元に備蓄米が届く。東日本大震災に伴い、2012年に4万トンの政府備蓄米が主食向けに販売された際には、入札の概要の公表から落札者の元に備蓄米が届くまでに3か月弱を要した。その後に、コメが市場に出回り消費者が手にするまでにさらに時間がかかる。政府備蓄米の放出によってコメの小売価格が下がるまでには、相応の時間を要するだろう。
1年以内に同じ品質で同じ量のコメを買い戻すことを条件に、全国農業協同組合連合会(JA全農)などの集荷業者に放出することが想定されている。
2024年産米は、生産量が前年比で約18万トン増えたのに対し、JA全農など大手業者の集荷量は昨年12月末時点で約21万トン減少している。生産者は国内需要に見合うだけのコメを生産したものの、集荷業者にコメが集まらず、品不足が生じているのである。農水省は、コメの値上がりを見込んだ小規模業者などがコメを抱え込んだことで流通が停滞していると分析しているようだ。
政府は、運用ルールを見直すというアナウンスメントで、買い占められたコメが市場に出回りコメの価格を下げるという効果を期待し、しばらく様子見することも予想された。しかし実際には、政府は早期に政府備蓄米の放出に踏み切ることにしたのである。
江藤農相は12日の閣議後記者会見で、政府備蓄米の放出方針を巡り「対象者や数量、入札の方法を14日に発表する」と述べた。この入札の概要の公表の後に、入札の開催を正式に知らせる「公告」の実施、入札の実施、備蓄米の受け渡しといった段階を経て、落札者の元に備蓄米が届く。東日本大震災に伴い、2012年に4万トンの政府備蓄米が主食向けに販売された際には、入札の概要の公表から落札者の元に備蓄米が届くまでに3か月弱を要した。その後に、コメが市場に出回り消費者が手にするまでにさらに時間がかかる。政府備蓄米の放出によってコメの小売価格が下がるまでには、相応の時間を要するだろう。
コメの価格高騰が国民生活を過度に圧迫している現状で例外的に認められるか
政府備蓄米の放出について江藤農相は、「流通をある程度円滑化するために備蓄米の放出を行う」と説明した。他方で、「価格は市場で決まるべきものだが、国民生活にあまりにも大きな影響が出ている。値上がりの仕方もあまりにも急激であることを鑑みてこのような決断をした」とも話している。また、「ターゲットプライスがあるわけではない」とも説明している。コメの価格高騰は物価全体を0.44%押し上げ、年間1万673円もの家計負担になる計算だ(コラム「コメの価格高騰は年間1万円以上の家計負担に:政府備蓄米放出ルールの緩和は、投機的な動きを抑えるための例外的、時限的措置として容認される」、2025年2月3日)。
江藤農相が指摘するように、コメの価格は市場で決まるものであり、そこに政府が介入することは基本的には望ましいことではないだろう。また、それによってコメの価格が仮に急落すれば、生産者に大きな打撃となってしまうことにも十分な配慮が必要だ。
しかし、コメの買い占めなど投機的な動きによってコメの価格が高騰し、それが国民生活を過度に圧迫している現状では、例外的、時限的措置として政府備蓄米の放出という形での政府によるコメ市場への介入は容認されるのではないか。
江藤農相が指摘するように、コメの価格は市場で決まるものであり、そこに政府が介入することは基本的には望ましいことではないだろう。また、それによってコメの価格が仮に急落すれば、生産者に大きな打撃となってしまうことにも十分な配慮が必要だ。
しかし、コメの買い占めなど投機的な動きによってコメの価格が高騰し、それが国民生活を過度に圧迫している現状では、例外的、時限的措置として政府備蓄米の放出という形での政府によるコメ市場への介入は容認されるのではないか。
コメ市場への政府の介入には為替介入と似ている点も:投機的な動きへの対応
ところで、このコメ市場への政府の介入は、政府の為替介入と似ている点がある。以下では幾つか例を挙げよう。
第1は、投機的な動きへの対応である。政府が為替介入を実施する際には、為替レートを特定方向に誘導するため、あるいは特定水準に誘導するために行うものではない、というのが公式的な見解だ。先進国では、市場の投機的な動きへの対応が、唯一為替介入が認められる条件となっている。
しかしそれは建前であり、実際には、国内経済活動に悪影響を与える円高の是正、あるいは円安の是正を目的に為替介入は実施される。
政府備蓄米の放出についても、「(コメの買い占めなど投機的な動きで混乱している)流通をある程度円滑化する」ことが目的であることを、江藤農相は語っている。他方、「ターゲットプライスがあるわけではない」と説明している。しかし一方で、「国民生活にあまりにも大きな影響が出ている」ことへの対応、という本音も語っている。
第1は、投機的な動きへの対応である。政府が為替介入を実施する際には、為替レートを特定方向に誘導するため、あるいは特定水準に誘導するために行うものではない、というのが公式的な見解だ。先進国では、市場の投機的な動きへの対応が、唯一為替介入が認められる条件となっている。
しかしそれは建前であり、実際には、国内経済活動に悪影響を与える円高の是正、あるいは円安の是正を目的に為替介入は実施される。
政府備蓄米の放出についても、「(コメの買い占めなど投機的な動きで混乱している)流通をある程度円滑化する」ことが目的であることを、江藤農相は語っている。他方、「ターゲットプライスがあるわけではない」と説明している。しかし一方で、「国民生活にあまりにも大きな影響が出ている」ことへの対応、という本音も語っている。
価格変動で生じる利害の調整
第2は、利害の調整である。為替レートの変動は、日本と海外との間、そして国内でも輸出企業と消費者の間での利害の衝突を生じさせる。円安は輸出企業の国際競争力を高め、輸出から得られる円建ての収入を拡大させる。他方で、消費者にとって円安は物価高をもたらし、生活を圧迫する。政府の為替介入は、こうした対立する利害の調整手段として実施されるが、そこには常に難しい政策判断がある。
他方、コメ市場への政府の介入は、コメ価格の上昇で利益を得る生産者とコメ価格の上昇で生活が圧迫される消費者という対立する利害の調整手段として実施される。現時点では、コメの価格高騰が国民生活を過度に圧迫していることから、コメの価格安定のための政府の介入が容認される。しかし、介入によって生産者がコストを賄えないほどの価格下落が生じれば、生産者の利益は大きく損なわれてしまう。そうしたリスクへの配慮も十分に求められる。
他方、コメ市場への政府の介入は、コメ価格の上昇で利益を得る生産者とコメ価格の上昇で生活が圧迫される消費者という対立する利害の調整手段として実施される。現時点では、コメの価格高騰が国民生活を過度に圧迫していることから、コメの価格安定のための政府の介入が容認される。しかし、介入によって生産者がコストを賄えないほどの価格下落が生じれば、生産者の利益は大きく損なわれてしまう。そうしたリスクへの配慮も十分に求められる。
市場の中立化:「不胎化策」と「非不胎化策」
第3が市場の中立化だ。政府が円売りドル買い介入を実施する際には、日本銀行が短期金融市場に円を供給し、金融緩和効果を生じさせる。それが円高抑制にも一定程度効果を発揮する。しかし、いずれは供給した円資金を日本銀行が吸収し、短期金融市場への影響を中立化する。こうした操作は、「不胎化策」と呼ばれる。
しかし、金融市場が「不胎化策」を予想すると、金融緩和効果はじきに失われるとの観測から、円売りドル買い介入による円高抑制効果が相殺されてしまう可能性がある。そこでしばしば、供給した円資金を日本銀行が吸収しない「非不胎化策」が行われる。
今回の政府備蓄米の放出についても、1年以内に政府が同等・同量の国産米を買い戻すことを条件としており、やや長い目で見れば市場への影響が中立化される。それを通じて、市場機能への悪影響を軽減させる狙いがあるだろう。
ただし、いずれ放出された政府備蓄米が買い戻されるのであれば、市場の需給緩和は一時的なものである。そのように考えられると、コメの価格は下がりにくくなるかもしれない。
仮に、政府備蓄米の放出が期待されたほどの価格安定化効果をもたらさない場合には、放出分をすべて買い戻さず、政府備蓄米の量を多少減らすことも検討されるかもしれない。それは、為替介入で言えば「非不胎化策」である。
しかし、金融市場が「不胎化策」を予想すると、金融緩和効果はじきに失われるとの観測から、円売りドル買い介入による円高抑制効果が相殺されてしまう可能性がある。そこでしばしば、供給した円資金を日本銀行が吸収しない「非不胎化策」が行われる。
今回の政府備蓄米の放出についても、1年以内に政府が同等・同量の国産米を買い戻すことを条件としており、やや長い目で見れば市場への影響が中立化される。それを通じて、市場機能への悪影響を軽減させる狙いがあるだろう。
ただし、いずれ放出された政府備蓄米が買い戻されるのであれば、市場の需給緩和は一時的なものである。そのように考えられると、コメの価格は下がりにくくなるかもしれない。
仮に、政府備蓄米の放出が期待されたほどの価格安定化効果をもたらさない場合には、放出分をすべて買い戻さず、政府備蓄米の量を多少減らすことも検討されるかもしれない。それは、為替介入で言えば「非不胎化策」である。
市場への介入だけでは問題は根本的には解決しない
このように、コメ市場への政府の介入は、政府の為替介入と似ている点がある。政府備蓄米の放出を通じたコメの価格安定化策では、政府の為替介入の経験から学ぶところがあるのかもしれない。
為替介入から得られる最大の教訓は、為替介入だけでは問題は根本的に解決されないということではないか。例えば、政府の為替介入は、日本銀行の金融政策と協調することで、初めて実効性を上げることができる、という側面もあるだろう。また、円安、円高の背景にある経済的な問題への対応によってこそ、持続的な為替の安定を得られるとも言えるだろう。
政府備蓄米の放出を実施する一方で、流通段階で生じている投機的な動きの実態を把握し、それを解消するように働きかけることが政府には求められる。今まで情報を得ることができなかった小規模業者のコメの在庫状態を把握して、過度に投機的な動きがあれば個別に是正を促すような取り組みも合わせて実施していかないと、コメの価格の安定回復は実現できないのではないか。
(参考資料)
「備蓄米放出、14日に対象者や数量を公表 農相」、2025年2月12日、日本経済新聞電子版
「コメの最低輸入量、縮小求め議論―農水省、財政負担の軽減で」、2025年2月12日、共同通信ニュース
「政府備蓄米放出へ 市場流通いつ頃に」、2025年2月11日、日本農業新聞
為替介入から得られる最大の教訓は、為替介入だけでは問題は根本的に解決されないということではないか。例えば、政府の為替介入は、日本銀行の金融政策と協調することで、初めて実効性を上げることができる、という側面もあるだろう。また、円安、円高の背景にある経済的な問題への対応によってこそ、持続的な為替の安定を得られるとも言えるだろう。
政府備蓄米の放出を実施する一方で、流通段階で生じている投機的な動きの実態を把握し、それを解消するように働きかけることが政府には求められる。今まで情報を得ることができなかった小規模業者のコメの在庫状態を把握して、過度に投機的な動きがあれば個別に是正を促すような取り組みも合わせて実施していかないと、コメの価格の安定回復は実現できないのではないか。
(参考資料)
「備蓄米放出、14日に対象者や数量を公表 農相」、2025年2月12日、日本経済新聞電子版
「コメの最低輸入量、縮小求め議論―農水省、財政負担の軽減で」、2025年2月12日、共同通信ニュース
「政府備蓄米放出へ 市場流通いつ頃に」、2025年2月11日、日本農業新聞
プロフィール
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木内 登英のポートレート 木内 登英
金融ITイノベーション事業本部
エグゼクティブ・エコノミスト
1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。
※組織名、職名は現在と異なる場合があります。