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「力による現状変更が可能」という誤った教訓とならないよう

日本時間の2月24日午後10時から、主要7か国(G7)首脳テレビ会議が開かれ、日本からは石破首相が出席した。今回の会議は、2022年2月24日にロシアによるウクライナ侵略が開始されてから3年となる機会を捉えて行われたものだが、侵攻開始から1年後と2年後の2月24日にも同様のG7テレビ会議が開かれていた。
 
ただし、過去2回とは大きく異なるのは、早期停戦に意欲を示し対ロシア融和姿勢に傾いているトランプ米大統領が初めて参加したことだ。今まではロシアを強く非難することでG7の結束が確認されてきたが、今回はそうはいかない。
 
外務省が公表した石破首相の発言の概要は以下の通りだ。
・3年前の侵略開始以降、ロシアと闘い続けるウクライナの勇気に心から敬意を表する。米国をはじめ現在行われている様々な外交努力が実り、状況が打開されることを期待する。
・平和の実現にあたっては、誤った教訓が導き出される状況が生み出されないよう、G7各国と連携して取り組んでいきたい。
・欧州とインド太平洋の安全保障は益々一体不可分であり、北朝鮮兵士の戦闘への参加を含む露朝軍事協力の進展を強く非難する。
・ウクライナにおける公正かつ永続的な平和の実現のためにもG7の結束が重要。日本は、G7と連携しつつ、今後もウクライナ支援と対露制裁を継続する。
 
「日本は、G7と連携しつつ、今後もウクライナ支援と対露制裁を継続する」として、トランプ大統領が対ロシア融和姿勢を見せる中でも、日本の基本姿勢がこれまでと変わらないことを示した。さらに、「平和の実現にあたっては、誤った教訓が導き出される状況が生み出されないよう」と発言したことも評価できる。
 
トランプ大統領は会議後に、「誰もが戦争の終結を望んでいると表明した」とSNSに投稿した。誰もが戦争の終結を望んでいることは確かであるが、どのような終らせ方でもよいという訳ではない。「力による現状変更が可能である」という誤った教訓を残す形での停戦となれば、ウクライナや欧州にとっての将来の安全保障上のリスクが大きく残ることになる。また、日本にとってはアジア地域での安全保障上のリスクが高まることが大いに懸念されるところだ。

ウクライナと欧州が加わらない停戦合意に向けた米ロ協議が続く

欧州は、トランプ大統領が当事国のウクライナと欧州の頭越しにロシアと停戦合意に向けた協議を進めていることに大いに不満を持っており、また警戒している。日本はウクライナ問題で欧州と足並みを揃え、従来の姿勢を維持しているが、今後、追加関税を脅しに使って、トランプ大統領から欧州と距離を置くように働きかけられることがないか心配だ。
 
トランプ大統領は、ウクライナのゼレンスキー大統領に対して強い不信感を抱いており、ロシアとの停戦協議に今のところは参加させていない。他方で、ゼレンスキー大統領とはウクライナのレアアースなどの鉱物資源を、支援の対価として米国に供与する協議は進んでいる(コラム「トランプ政権はウクライナ支援の見返りに5,000億ドルのレアアースを要求」、2025年2月21日)。
 
トランプ米大統領は24日に、鉱物資源権益などを巡る協定案に署名するため、ゼレンスキー大統領と「今週か来週に会談する」と述べ、早期の交渉合意に自信を示した。他方で、ゼレンスキー大統領が求める安全保障はこの協定に盛り込まない考えを示している。
 
この協定と停戦合意との関係は不明確だ。トランプ大統領はウクライナに支援額を大きく上回る賠償を求め、経済的に同国を強く支配しようとしているようにも見える。これは、戦争を仲裁する姿勢にはとても見えない。

プロフィール

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    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。