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米アップル社は2月19日に、最新モデル「iPhone 16e」を発表し、2月28日に販売を始めた。これは廉価モデルである「iPhone SE」の後継と位置付けられている。しかしiPhone 16eは最安モデルでも599ドルと事前予想の500ドル程度よりも高い。2016年に発売した初代SEは最安モデルが399ドルであり、2022年の最新モデルは429ドルだった。
 
iPhone 16eはアップル社の生成AI「アップルインテリジェンス」を搭載するために、機械学習を高速に実行する自社開発の高性能半導体「A18」を採用した。その結果、製造コストが高まり、販売価格が高めになったのである。
 
アップル社はiPhoneの製造・組み立て拠点を中国からインドに移してきているが、インドの経済紙エコノミック・タイムズは、iPhone 16eもインドでも生産される、と報じている。上位機種も含め、最新16シリーズの全5機種が、インドで組み立てられることになるという。iPhone全体のインドでの生産比率は現在15%程度であるが、今後はさらに高まっていく方向だ。
 
iPhoneの主要サプライヤーである台湾・鴻海(ホンハイ)精密工業は、インド南部の工場でiPhoneを組み立てている。アップル社も2023年に初の直営店をムンバイとニューデリーに開き、製造と販売の両面で体制を強化してきた(コラム「中国からインドへのシフトを進めるアップルiPhone」、2023年09月27日)。
 
米国で売られるiPhoneのほとんどは、今のところは中国で生産されているが、アップル社は組み立て工程を中心に、生産を中国からインドにシフトさせ、生産地の分散化を図っている。
 
きっかけとなったのは、新型コロナウイルス問題、中国政府のゼロコロナ政策によって、中国のサプライチェーンが混乱し、供給不足に陥ったことだ。さらに、米中間の政治的対立、トランプ政権による対中関税政策といった地政学リスクの高まりも、iPhoneの生産拠点の分散化、中国からインドへの生産シフトを後押ししている。
 
しかし生産拠点としてのインドにも課題があり、アップル社も中国からインドにiPhoneの生産を一気に移すことには慎重だ。インドには電力不足など脆弱なインフラや熟練工の不足、強力で独立した労働運動といった課題がある(コラム「進むインドシフト:iPhoneのインド生産拡大」、2023年12月18日)。
 
さらに、トランプ政権によるインドへの関税政策も大きな懸念だ。インドの平均関税率(最恵国待遇、加重平均、全品目)は、2022年時点で11.9%とされ、3%台の米国よりもかなり高い。トランプ政権は、関税率が高い国からの輸入品には同率の関税を課す「相互関税」の導入を計画している。仮にインドで組み立てられたiPhoneの輸入に米国で高い関税が課せられれば、米国での販売戦略に大きな狂いが生じてしまう。
 
アップル社は最新モデルiPhone 16eで高めの価格設定を決め、価格競争から距離を置く姿勢を見せた。しかし、トランプ政権の関税策は、iPhoneの相対的な高価格をより際立たせ、米国での販売戦略の大きな逆風にもなり得る。
 
アップル社は、トランプ政権の関税政策を見極めながら、iPhone生産の中国からインドへのシフト、他国も含めた生産拠点の分散化を慎重に進めていくことになるだろう。
 
(参考資料)
「Apple、「16e」もインド生産 脱中国依存は関税も障壁に」、2025年2月21日、日本経済新聞電子版
"Apple Keeps iPhone From Going Too Downmarket(アップルが避けたiPhone格安路線)", Wall Street Journal, February 21, 2025

プロフィール

  • 木内 登英のポートレート

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。