日米為替協議が急速な円高につながらないよう慎重な対応が必要
日本との関税交渉を担うトランプ政権のベッセント財務長官は、関税交渉と並行して為替協議を日本と行う考えを示している。これは、「日本は円安政策を取っている」とのトランプ大統領の発言を受けたものだろう。
実際には、2022年以降の急速なドル高円安局面で、日本政府はドル売り円買い介入を繰り返してきた。これは、国内での物価高問題を助長する円安を抑えることを狙った行動であり、「日本は円安政策を取っている」とのトランプ大統領の認識は誤りであることは明らかだ。
ただし、トランプ政権がこうした事実を認識すれば、日米為替協議は終わりか、というと、それほど話は単純ではないだろう。トランプ政権は関税を通じて輸入を抑制し、貿易赤字の削減と国内の生産及び雇用の拡大を目指している。ドル安もそれを後押しし、関税と同様の効果を生むのである。
そこで、トランプ政権は関税策と並行して、あるいは関税策が期待した効果を上げない場合にそれに続く第2の手段としてドル安誘導を検討するのではないか。日米為替協議を大規模なドル安誘導策の布石としてトランプ政権が位置付けている可能性がある点に注意が必要だ。
ドル高円安を阻止するという点で、日本政府とトランプ政権の利害は一致している。今後、再び円安が進んだ場合に、日本政府がドル売り円買い介入を実施することを、トランプ政権は容認するだろう。バイデン前政権は、為替操作は望ましくないとして日本の為替介入を牽制していたが、トランプ政権のもとで、日本のドル売り円買い介入はより実施しやすくなる。
しかし、トランプ政権が日米為替協議を本格的なドル安誘導策の布石と位置付けるのであれば、円安阻止ではなく、円安修正のために、日本に対してドル売り円買い介入を求めてくる、あるいは日米協調介入を求めてくる可能性がある。それを、日米関税交渉と絡めてくる可能性もあるのではないか。
しかしその結果、急速なドル安円高となってしまえば、日本経済に大きな打撃となってしまう。この点から日本は、日米為替協議で急速な円高につながらないよう、トランプ政権からの要求を慎重に検討すべきだ。
実際には、2022年以降の急速なドル高円安局面で、日本政府はドル売り円買い介入を繰り返してきた。これは、国内での物価高問題を助長する円安を抑えることを狙った行動であり、「日本は円安政策を取っている」とのトランプ大統領の認識は誤りであることは明らかだ。
ただし、トランプ政権がこうした事実を認識すれば、日米為替協議は終わりか、というと、それほど話は単純ではないだろう。トランプ政権は関税を通じて輸入を抑制し、貿易赤字の削減と国内の生産及び雇用の拡大を目指している。ドル安もそれを後押しし、関税と同様の効果を生むのである。
そこで、トランプ政権は関税策と並行して、あるいは関税策が期待した効果を上げない場合にそれに続く第2の手段としてドル安誘導を検討するのではないか。日米為替協議を大規模なドル安誘導策の布石としてトランプ政権が位置付けている可能性がある点に注意が必要だ。
ドル高円安を阻止するという点で、日本政府とトランプ政権の利害は一致している。今後、再び円安が進んだ場合に、日本政府がドル売り円買い介入を実施することを、トランプ政権は容認するだろう。バイデン前政権は、為替操作は望ましくないとして日本の為替介入を牽制していたが、トランプ政権のもとで、日本のドル売り円買い介入はより実施しやすくなる。
しかし、トランプ政権が日米為替協議を本格的なドル安誘導策の布石と位置付けるのであれば、円安阻止ではなく、円安修正のために、日本に対してドル売り円買い介入を求めてくる、あるいは日米協調介入を求めてくる可能性がある。それを、日米関税交渉と絡めてくる可能性もあるのではないか。
しかしその結果、急速なドル安円高となってしまえば、日本経済に大きな打撃となってしまう。この点から日本は、日米為替協議で急速な円高につながらないよう、トランプ政権からの要求を慎重に検討すべきだ。
日米為替協議は「マールアラーゴ合意」の布石の位置づけか
トランプ政権が検討しているとされるドル安誘導策は、1985年に各国が協調して行ったドル安調整の合意である「プラザ合意」になぞらえて「プラザ合意2.0」、あるいはトランプ大統領の別荘の名前になぞらえて「マールアラーゴ合意」とも呼ばれる。
プラザ合意時には、ドルの価値が大幅に高くなっていた。それは現在も同様であるが、当時は、米国が巨額の貿易赤字と財政赤字、いわゆる「双子の赤字」を抱える中、ドルの信認が一気に失われてドルが暴落することが世界中で強く懸念されていた。
ドルが暴落すれば、他国では急速な自国通貨高によって経済に大きな打撃が及ぶ一方、ドル暴落は金融危機の引き金になる可能性もあった。そのため、他国はドル売りの協調介入を行うことで、ドルの秩序だった下落を促し、突然の暴落のリスクを軽減することを狙ったのである。
しかし現状では、ドル暴落のリスクは世界で強く警戒されておらず、米国の貿易赤字を問題視しているのはトランプ政権だけだ。そのため、各国はプラザ合意の時のように、協調介入を通じたドル安誘導には応じないだろう。米連邦準備制度理事会(FRB)による利下げと米国の単独為替介入だけでは、ドル安誘導には力不足である。
そこで、与しやすい日本をドル安誘導策に巻き込む策として、トランプ政権は日米為替協議を位置付けている可能性があるのではないか。
プラザ合意時には、ドルの価値が大幅に高くなっていた。それは現在も同様であるが、当時は、米国が巨額の貿易赤字と財政赤字、いわゆる「双子の赤字」を抱える中、ドルの信認が一気に失われてドルが暴落することが世界中で強く懸念されていた。
ドルが暴落すれば、他国では急速な自国通貨高によって経済に大きな打撃が及ぶ一方、ドル暴落は金融危機の引き金になる可能性もあった。そのため、他国はドル売りの協調介入を行うことで、ドルの秩序だった下落を促し、突然の暴落のリスクを軽減することを狙ったのである。
しかし現状では、ドル暴落のリスクは世界で強く警戒されておらず、米国の貿易赤字を問題視しているのはトランプ政権だけだ。そのため、各国はプラザ合意の時のように、協調介入を通じたドル安誘導には応じないだろう。米連邦準備制度理事会(FRB)による利下げと米国の単独為替介入だけでは、ドル安誘導には力不足である。
そこで、与しやすい日本をドル安誘導策に巻き込む策として、トランプ政権は日米為替協議を位置付けている可能性があるのではないか。
日本が米国債売却を交渉カードに使う可能性は低い
急速なドル安をもたらす可能性があるイベントとして、「プラザ合意2.0」、「マールアラーゴ合意」以外に考慮しておかねばならないのは、トランプ関税に対する報復措置として各国が米国債を売却する可能性だろう。それはドル安を生じさせ得るが、他方で米国債の下落、つまり長期金利の上昇をもたらすことから、トランプ政権は望んでいない。
今年1月時点で海外が保有する米国債は8兆5,260億ドルであり、最大の保有国は日本で1兆790億ドル、そして第2の保有国が中国で7,608億ドルだ。
日本国内では、トランプ政権との交渉のカードに米国債売却を使うべきとの議論もあるが、それはリスクが高く、実際にカードとして使われる可能性はかなり低い。また実施すべきでない(コラム「中国への追加関税率は145%:シナリオ別試算を修正:米国債売却は中国のワイルドカードか?」2025年4月11日)。
実際に日本が外貨準備で保有する米国債を売却し、それが米国の長期金利を上昇させ、株価を下落させ、ドルを下落させれば、その悪影響は長期金利上昇、株価下落、急速な円高進行という形で、日本にも返ってくるのである。またそれは国際社会から強い批判を浴びる可能性があるだろう。
しかし、トランプ政権と激しく対立する中国は、それをトランプ政権との交渉カードに使ってくる可能性が残されている点には注意が必要だ。それは世界の金融市場を大きく混乱させかねないワイルドカードである。
今年1月時点で海外が保有する米国債は8兆5,260億ドルであり、最大の保有国は日本で1兆790億ドル、そして第2の保有国が中国で7,608億ドルだ。
日本国内では、トランプ政権との交渉のカードに米国債売却を使うべきとの議論もあるが、それはリスクが高く、実際にカードとして使われる可能性はかなり低い。また実施すべきでない(コラム「中国への追加関税率は145%:シナリオ別試算を修正:米国債売却は中国のワイルドカードか?」2025年4月11日)。
実際に日本が外貨準備で保有する米国債を売却し、それが米国の長期金利を上昇させ、株価を下落させ、ドルを下落させれば、その悪影響は長期金利上昇、株価下落、急速な円高進行という形で、日本にも返ってくるのである。またそれは国際社会から強い批判を浴びる可能性があるだろう。
しかし、トランプ政権と激しく対立する中国は、それをトランプ政権との交渉カードに使ってくる可能性が残されている点には注意が必要だ。それは世界の金融市場を大きく混乱させかねないワイルドカードである。
プロフィール
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木内 登英のポートレート 木内 登英
金融ITイノベーション事業本部
エグゼクティブ・エコノミスト
1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。
※組織名、職名は現在と異なる場合があります。