ドル安政策は関税策に次ぐトランプ政権の「第2の矢」か
24日に、ベッセント米財務長官と加藤財務大臣との間で為替協議が行われる。赤澤大臣が担う日米関税協議は日本側から働きかけたものだが、為替協議はトランプ政権側から要請してきたものだ。それは、日本側に対して為替を巡る具体的な政策対応を求める意図があるからだろう。
トランプ大統領は、「日本は円安政策をとっている」、「円安が米国製品の輸入を阻む非関税障壁」と考えている。そこで、日米為替協議では、トランプ政権は日本に円安の修正を求める可能性が高いと考えられる。
日本側は「日本は円安政策をとっていない」とトランプ大統領の認識の誤りを指摘するだろうが、それは受け入れられないのではないか。理由はともあれ、トランプ政権は、円安を修正して対日貿易赤字を削減し、さらにすべての通貨に対してドルの価値を下げて米国の貿易赤字全体を削減したいと考えているからだ。
トランプ政権は「第2のプラザ合意」あるいは「マールアラーゴ合意」でドル安誘導を目指す可能性がある。米国の貿易赤字削減を狙った相互関税は、米国での物価高、景気悪化懸念を強め、米国金融市場でトリプル安を生んでしまった。
しかし、ドル安政策であれば、早期に米国の物価高を生じさせることなく、輸出拡大を通じて米国経済の浮揚と貿易赤字の削減の双方に貢献する。トランプ政権としては、関税政策に次ぐ、いわば「第2の矢」として、ドル安政策を進めてくる可能性がある。
トランプ大統領は、「日本は円安政策をとっている」、「円安が米国製品の輸入を阻む非関税障壁」と考えている。そこで、日米為替協議では、トランプ政権は日本に円安の修正を求める可能性が高いと考えられる。
日本側は「日本は円安政策をとっていない」とトランプ大統領の認識の誤りを指摘するだろうが、それは受け入れられないのではないか。理由はともあれ、トランプ政権は、円安を修正して対日貿易赤字を削減し、さらにすべての通貨に対してドルの価値を下げて米国の貿易赤字全体を削減したいと考えているからだ。
トランプ政権は「第2のプラザ合意」あるいは「マールアラーゴ合意」でドル安誘導を目指す可能性がある。米国の貿易赤字削減を狙った相互関税は、米国での物価高、景気悪化懸念を強め、米国金融市場でトリプル安を生んでしまった。
しかし、ドル安政策であれば、早期に米国の物価高を生じさせることなく、輸出拡大を通じて米国経済の浮揚と貿易赤字の削減の双方に貢献する。トランプ政権としては、関税政策に次ぐ、いわば「第2の矢」として、ドル安政策を進めてくる可能性がある。
最も与しやすい日本にドル安誘導策の協力を求めるか
しかし、1985年の「プラザ合意」の時のように、他国が為替市場での協調介入でドル安誘導を助けてくれる可能性は低いだろう。当時は、ドルの暴落への警戒感が、国際協調によるドルの秩序だった調整の合意を生んだ。しかし現在では、ドルの暴落を警戒する国はいない。「プラザ合意」は国際協調の枠組みの中で成立したものだが、トランプ政権が考える「第2のプラザ合意」あるいは「マールアラーゴ合意」は、米国第一主義に基づくものであり、それを国際的な合意とすることは難しい。
そこでトランプ政権は、最も与しやすい日本にドル安誘導策の協力を求め、それをより広範囲な枠組みに広げていくことを狙っている可能性があるだろう。
そこでトランプ政権は、最も与しやすい日本にドル安誘導策の協力を求め、それをより広範囲な枠組みに広げていくことを狙っている可能性があるだろう。
日米協調介入の可能性
日本に円安修正とドル安誘導策への協力を求める場合、具体的な対応策としてはドル売り円買いの単独介入、あるいは日米協調介入を求める可能性がある。その際、日本が外貨準備で保有する米国債の売却が米国市場に悪影響を与えないよう、米国債ではなくドル預金などの削減を優先するように求める可能性や、短期の米国債を売却する一方で、長期の米国債を買い増すことを要求するかもしれない。
スティーブン・ミラン米大統領経済諮問委員会(CEA)委員長が掲げた「マールアラーゴ合意」では、各国が米国債を売却してドル安に誘導する一方、米国の長期金利の上昇を抑えるため、各国は保有する米国債を超長期債に切り替えさせる案が示されていた。
スティーブン・ミラン米大統領経済諮問委員会(CEA)委員長が掲げた「マールアラーゴ合意」では、各国が米国債を売却してドル安に誘導する一方、米国の長期金利の上昇を抑えるため、各国は保有する米国債を超長期債に切り替えさせる案が示されていた。
1985年の「プラザ合意」では日銀の利上げが封じられバブル経済につながった
また、トランプ政権は、為替介入だけでなく、日本銀行に対して追加利上げを求め、それを通じてドル安円高誘導を進めることを考える可能性もあるのではないか。ただし、日本銀行が海外政府の要請を受けて金融政策を決めるとは考えにくい。
1985年の「プラザ合意」の時にはむしろ逆だった。市場に介入して人為的にドル安誘導をすると、ドル安に歯止めがかからなくなるリスクがあり、実際、当時はそのような状況に陥った。その際、日本銀行は逆に利上げを封じられたのである。日本銀行が利上げをすると、ドルの暴落の引き金になってしまうと考えられたためだ。その結果、過度な金融緩和が長期化し、日本のバブル経済の形成と崩壊へとつながっていった。
1985年の「プラザ合意」の時にはむしろ逆だった。市場に介入して人為的にドル安誘導をすると、ドル安に歯止めがかからなくなるリスクがあり、実際、当時はそのような状況に陥った。その際、日本銀行は逆に利上げを封じられたのである。日本銀行が利上げをすると、ドルの暴落の引き金になってしまうと考えられたためだ。その結果、過度な金融緩和が長期化し、日本のバブル経済の形成と崩壊へとつながっていった。
ドル安誘導には基軸通貨としてのドルの地位を低下させるリスク
ベッセント財務長官は、基軸通貨としてのドルの地位を維持しつつドル高を是正することは可能であり、「その二つは矛盾しない」としている。さらに、それを実現するために行うべきなのは、1980年代や1990年代にあった国際通貨間の調整だ」とする。やはり、1985年の各国の協調介入を通じたドル安調整、「プラザ合意」の第2弾を想定しているのだろう。
プラザ合意は、ドルの暴落を避けるため、いわばドルの価値の安定のために行われたものだ。それに対してトランプ政権が現在検討しているとみられるドル安誘導策は、ドルの価値を引き下げるために実施するものである点で大きく異なる。
これがドルの価値に対する国際的な信頼性を低下させ、海外政府、企業、投資家がドルを保有するインセンティブを低下させ、いわゆるドル離れを引き起こせば、ドルの基軸通貨としての地位を低下させるリスクがあるだろう。
プラザ合意は、ドルの暴落を避けるため、いわばドルの価値の安定のために行われたものだ。それに対してトランプ政権が現在検討しているとみられるドル安誘導策は、ドルの価値を引き下げるために実施するものである点で大きく異なる。
これがドルの価値に対する国際的な信頼性を低下させ、海外政府、企業、投資家がドルを保有するインセンティブを低下させ、いわゆるドル離れを引き起こせば、ドルの基軸通貨としての地位を低下させるリスクがあるだろう。
日本はトランプ政権のドル安政策に安易に協力すべきでない
いずれにせよ、トランプ政権は、日米関税協議と日米為替協議とを連動させ、円安修正、ドル安政策に協力することを日本への関税率の引き下げの条件とする可能性があるのではないか。
しかし、日本がそれに安易に協力すれば、急速なドル安・円高が生じて、日本経済に甚大な打撃となってしまいかねない(コラム「注目のマールアラーゴ合意:プラザ合意後の経験を踏まえると、本格的なドル安誘導策は1ドル101円までの円高、日本のGDP1.2%押し下げの可能性も」、2024年4月21日)。国益を最優先に考えれば、日米関税協議での安易な大幅譲歩とともに、日米為替協議でのドル安誘導策への安易な協力を日本はすべきでない。
しかし、日本がそれに安易に協力すれば、急速なドル安・円高が生じて、日本経済に甚大な打撃となってしまいかねない(コラム「注目のマールアラーゴ合意:プラザ合意後の経験を踏まえると、本格的なドル安誘導策は1ドル101円までの円高、日本のGDP1.2%押し下げの可能性も」、2024年4月21日)。国益を最優先に考えれば、日米関税協議での安易な大幅譲歩とともに、日米為替協議でのドル安誘導策への安易な協力を日本はすべきでない。
プロフィール
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木内 登英のポートレート 木内 登英
金融ITイノベーション事業本部
エグゼクティブ・エコノミスト
1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。
※組織名、職名は現在と異なる場合があります。