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25日に政府は、トランプ関税への対策で「緊急対応パッケージ」を決定した。対策は①相談体制の整備、②企業の資金繰り支援の強化、③雇用維持と人材育成、④国内の消費喚起、⑤産業構造の転換と競争力強化、の5本柱である。

企業支援については、5月以降、中小企業向けの融資について金利引き下げの対象を広げることを検討すること、「雇用調整助成金」の支給要件の緩和を検討すること、納税を猶予すること、などが含まれた。

他方、個人への支援策では、先般、石破首相が発表した1リットルあたり10円のガソリン価格の引き下げ(コラム「政府はガソリン価格を10円引き下げ:家計の負担は年間4,000円軽減」、2025年4月23日)や夏季の電気・ガス料金の補助が含まれた。

「緊急対応パッケージ」では、米国との関税交渉などの状況も踏まえて「国民生活への影響をよく注視し、ちゅうちょなく追加的に必要な対応を行っていく」と記されており、今後施策が随時追加されていく可能性がある。例えば、日米関税交渉のなかで、日本が農産物の輸入拡大を受け入れることになれば、農家の支援などが加えられるのだろう。

トランプ関税が日本経済、企業、家計に与える影響はなお不透明だ。今の段階で行うべきは、企業、家計が大きなショックに見舞われた際に備えるセーフティーネットであり、トランプ関税が与える経済への悪影響を打ち消すような景気対策ではないだろう。

関税による対米輸出環境の悪化は、大手の輸出企業よりもその下請けとなる中小、零細企業の経営により大きな打撃を与えるだろう。この観点から、貸出金利引き下げを通じた中小企業の資金繰り対策、雇用調整助成金の支給要件の緩和などは、必要なセーフティーネット策と言える。

他方で、ガソリン価格の引き下げや夏季の電気・ガス料金の補助は全てのガソリン購入者や全ての家計が対象になることから、セーフティーネット策とは言えないのではないか。低所得者、弱者を対象にするセーフティーネット強化に焦点を当てた施策とすべきだろう。

さらに、トランプ関税策のいわば副産物として、原油市況の低下や円高ドル安などが生じており、これらは先行きのガソリン価格や電気・ガス料金の低下につながるものだ。足もとでは、補助金なしでレギュラーガソリン価格は1リットル185円程度の水準を下回っており、2022年1月の制度開始以来、初めて補助金がゼロとなっている。このまま低下を続ければ、ガソリン価格は10円以上低下する可能性もあるだろう。この点から、今回のガソリン価格10円引き下げ策は拙速であり、必要でなかった可能性もある。

こうした点も踏まえ、「緊急対応パッケージ」は今後の環境変化に合わせて柔軟に見直していくことが求められる。

プロフィール

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    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。