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初協議も米中間の対立はなお強い

トランプ米政権は6日に、ベッセント財務長官とグリア通商代表部(USTR)代表が、今週中にスイス・ジュネーブで中国政府の代表者と貿易問題を巡って協議を行うことを発表した。中国外務省も7日に、何立峰副首相が9~12日にスイスを訪問し、その間にベッセント財務長官と会うと発表した。10日と11日の両日に、両国間の閣僚会談が開かれるとみられる。
 
第2次トランプ政権が対中関税を発動した後、米中高官らによる正式会談が実施されるのは、これが初めてのことだ。両国は現在、145%、125%という極めて高い関税を掛け合った状況にあり、それが続けば、世界経済の下方リスクが着実に高まっていく。
 
両国間での初めての閣僚会談を受けて、金融市場では関税率の大幅引き下げにつながるとの楽観的な見方も出ている。しかし現時点で楽観論は禁物だろう。
 
ベッセント氏は6日の米FOXニュースで、今回の米中協議は、本格的な貿易合意を目指すものではなく、「前進する前に緊張を徐々に緩和する必要がある」とその目的を説明している。依然として本格的な協議の前段階との認識だ。
 
他方、中国政府は、米国側が誤りを認めて対中関税を撤回しない限り、中国は対米関税の撤回には応じない考えだ。中国商務省は2日に、「米国が交渉開始を求めて接触してきており、現在(内容を)精査中だ」と既に発表していたが、「米国が協議を望むなら誠意を示し、誤った慣行を正し、一方的な関税を撤廃するなど問題解決の準備をすべきだ」と指摘していた。貿易戦争は米国が一方的に引き起こしたものだと強調し、関税の撤回を改めて求めたのである。
 
中国商務省は7日には、今回の米中協議について「世界の期待や、中国の利益、米国の業界と消費者の訴えを基礎に十分に考慮し、米国と接触することに同意した」とする一方、「戦いでも話し合いにしても、自らの発展の利益を守るという中国の決心は変わらない」と改めて強気の姿勢を崩してない。

米国は非戦略的な分野での限定的な関税率の相互引き下げを目指すか

ベッセント財務長官は6日のFOXニュースで、「繊維製品のような(非戦略的な)分野では中国とのデカップリング(分断)を望んでいない。デカップリングしたいのは戦略的な産業分野だ」と話し、戦略的な産業分野で鉄鋼や医薬品、半導体を例に挙げた。
 
この発言は、現時点で米国側が期待しているのは、繊維製品のような非戦略的分野での両国間の関税率引き下げとデカップリング回避ということなのではないか。そうであれば、中国から米国への主力輸出品である、スマホ、PC、鉄鋼などについては、早期の関税率の引き下げは当面期待できないのかもしれない。
 
中国人民銀行(中央銀行)は7日に、政策金利と預金準備率の引き下げを発表した。米中間での貿易戦争によって中国経済のリスクが高まっていることへの警戒を裏付けるものだろう。しかしながら、第1次トランプ政権時と比べて、中国政府の貿易分野における対米姿勢はより強硬であり、安易に米国に譲歩するようには見えない(コラム「米中貿易戦争のチキンレースは中国が有利か」、2025年5月2日)。トランプ大統領も今週に入ってから「(中国と取引しなくても米国が)失うものは何もない」と強気の発言を行っており、早期に両国間での関税率の大幅引き下げを目指す姿勢は感じられない。
 
トランプ関税発動後、両国が初めての閣僚級協議を持つことは問題緩和に向けた第一歩ではあるが、早期に関税率の大幅引き下げで合意が成立と考えるのは楽観的過ぎるだろう。両国間のチキンレースはなお続き、それは世界経済にとって大きな下振れリスクであることは変わらない。
 
(参考資料)
「米中高官が貿易巡り協議へ ジュネーブで10、11両日 ベセント氏「緊張緩和に関して議論」」、2025年5月7日、産経新聞速報ニュース
「米国と中国、貿易問題で閣僚級協議へ 週内にスイスで」、2025年5月7日、日本経済新聞電子版
「「米中近く関税協議」、米国務長官 中国、接触認める」、2025年5月3日、日本経済新聞

プロフィール

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    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。