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報復関税の応酬で米中間の関税率が100%超えとなったことはトランプ政権の誤算

米中は12日に、関税を巡って劇的な合意を発表した。互いに課した追加関税を115%ずつ引き下げることを決めたのである(コラム「米中が90日間の関税率引き下げで合意する劇的な展開:対中関税率は145%から30%に大幅低下:日本のGDP押し下げ効果は0.56%縮小:米国側が大幅譲歩し事実上の白旗か」、2025年5月12日)。
 
米国が中国に課す関税率は145%から30%へ、中国が米国に課す関税率は125%から10%へとそれぞれ引き下げられる。ただし、米国が中国に課した相互関税の上乗せ分の24%については、90日間の停止措置とされた。
 
トランプ大統領は12日に、「中国はアメリカの企業に対し市場を開くことに合意した」と米中合意の成果を誇示し、今週末にも習近平国家主席と電話会談を行う可能性を示唆している。
 
米国は、中国に対する一律関税20%に加え、4月に相互関税34%(一律部分10%、上乗せ部分24%)を中国に課した。この時点で追加関税の合計は54%であり、さらに自動車関税、鉄鋼・アルミニウム関税が課された。その合計の水準は、トランプ大統領が大統領選挙時に公約としていた対中追加関税60%に概ね沿ったものだった。
 
ところが、その後両国間の関税率は、意図しない形で100%を超える極めて高い水準まで上昇してしまった。中国が予想外の強硬姿勢を見せ、両国間で報復関税の応酬が起きたためだ。これはトランプ大統領にとっては全くの誤算だった。

トランプ政権が大幅な譲歩

極めて高い米中間の関税率は、両国の経済に大きな打撃を与える。それでも中国は強硬姿勢を崩さなかったため、しびれを切らして協議を呼び掛けたのはトランプ政権側だったと考えられる。
 
トランプ政権は当初、追加関税を当初計画通りの54%程度にまで下げることなどを検討していたのではないか。しかし最終的には、90日間の停止措置を含みながらも30%まで対中関税率を下げることになったのは、トランプ政権にとって予想外だったのではないか。中国側が中途半端な関税率引き下げを受け入れなかった可能性がある。全体的にトランプ政権が中国側に大幅に譲歩したことで成立したのが今回の合意だったと考えられる。

関税策の基本的な枠組みは維持

しかし現時点では、トランプ政権は関税策の基本的な枠組みは維持している。中国、そして英国との合意後も、自動車、鉄鋼などといった分野別関税は従来通り維持するとしている。英国についてはそれらを引き下げたが、それはあくまでも例外措置、という位置づけだ。さらに、相互関税の一律部分である10%については、両国との合意の中でも維持されている。
 
中国に対する関税率は劇的に引き下げられたが、それは、報復関税の応酬で意図しない形で上昇した分を取り消すとともに、4月に他国に対して適用した相互関税の上乗せ分を90日間停止するという措置を、1か月遅れて中国に適用しただけ、との体裁である。表面的には、中国に対して特別な対応をしたわけではない、という説明ができる形だ。

日米関税協議の難航は当面続く

トランプ政権は、対英、対中合意によって、現在2か国協議を行っている国々が勢いづき、米国側に関税率引き下げを強く求めてくることを警戒しているだろう。そこで、英国については特別な2国間関係に基づく例外的な措置と説明する一方、中国については、1か月遅れて他国と同様の措置を講じただけ、との説明を交渉相手の国にするだろう。
 
対中合意で米国側が事実上大幅に譲歩したという「弱み」を見せたことによって、他国との協議でも米国の交渉力は幾分低下する可能性がある。しかし、すぐに大幅に寛容な姿勢を米国が見せるとは思えない。日米関税協議も、これまでと同様に当面は難航が続くのではないか。米国にとっては、日本に対する関税が米国経済に与える影響は中国と比べればかなり小さく、日本側に譲歩して早期に合意を成立させるインセンティブは高くない。
 
米中間の極めて高い関税率は修正されることで、米国経済や金融市場への悪影響は軽減されるだろう。それでも、高い関税が1か月続いたこと、関税の基本的な枠組みは維持されていること、4月に金融市場が動揺したこと、トランプ関税によって不確実性が高まったこと、等の影響がこれから経済活動に表れることは回避できない。

関税による日本のGDPへの押し下げ効果は半減もなお—0.5%程度の影響は残る

日本経済については、米中間の関税率が大幅に低下したことによって、GDPへの押し下げ効果は0.5%ポイント程度縮小したと計算できる。それでも、残された日本への関税の直接的な影響によってなおGDPは0.5%程度押し下げられる計算であり、関税による経済の下振れリスクは続く(コラム「米中が90日間の関税率引き下げで合意する劇的な展開:対中関税率は145%から30%に大幅低下:日本のGDP押し下げ効果は0.56%縮小:米国側が大幅譲歩し事実上の白旗か」、2025年5月12日)。

プロフィール

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    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。