19日の東京市場では、円高・株安・債券安が進んだ。米国資産についてみれば、ドル安・米株安(先物)、米債安のトリプル安である。16日にムーディーズ社が発表した米国債格下げの影響は、週をまたいで東京市場でより顕著になった印象だ。ムーディーズ社が指摘した米国の財政環境の悪化だけでなく、トランプ関税による米国経済への悪影響や政策の不確実性の高まり、さらにトランプ政権によるドル安政策への警戒などが底流にあったからこそ、米国債格下げが米国債の価格下落と金融資産の「米国離れ」を引き起こしている(コラム「ムーディーズが米国債を格下げ:米国離れ再燃のきっかけにも」、2025年5月19日)。
夏の参院選挙に向けて消費税減税の議論が高まる日本でも、先行きの財政環境が一段と悪化することへの警戒から、債券価格が下落している面がある。米国債格下げやそれを受けた金融市場の悪い反応は、日本の消費税減税の議論がもたらすリスクへの警鐘ともなっている。
石破首相は19日の参院予算委員会で、財源確保を伴わない消費税減税に対して強い反対の考えを表明している。
石破首相は、「税収は増えているが、社会保障の費用も増えている」とし、「すべて総合的に勘案していかなければならない」と説明した。また「金利がある世界の恐ろしさをよく認識する必要がある」と指摘した上で、日本の財政状況は「間違いなく極めてよろしくない。ギリシャよりもよろしくない状況だ」との見方を示した。
石破首相の主張は正論であると思うが、ギリシャと日本の財政リスクを比べる主張は新たな反発を呼ぶかもしれない。数年前に現代金融理論(MMT)が流行った際に良くされた議論だが、MMTの考えを支持する学者は、ギリシャのような財政危機は米国や日本では起きないと主張した。ギリシャで財政危機が起きたのは、欧州中央銀行(ECB)の創設によって、ギリシャは独自の金融政策(独立した中央銀行)を失ったためであり、自国に金融政策を担う中央銀行を持つ米国や日本では同じようなことは起きないと主張した。
その主張は正しい。財政の信頼性が落ちて、仮に国債の消化が難しくなるようなことがあっても、中央銀行が国債を直接引き受け、政府のファイナンスを助けることができるからだ。日本では、日本銀行が政府の国債を直接買い入れる直接引き受けは財政法第5条で禁じられているが、「但し書き」で国債の直接引き受けが例外的に認められている。従って、日本で財政破たんが簡単に生じないことは確かである。
しかしすぐに財政破綻が生じないからと言って、日本での財政赤字の拡大、政府債務の増加が問題でない訳ではない。赤字国債の発行による財政赤字の拡大は、現役世代が享受する政府サービスに対して、それに見合う負担をしていないことを意味する。その結果増加する政府債務は、将来世代の負担になる。将来世代は自らが享受する政府サービスを上回る負担を引き受けて、前世代の借金の返済を肩代わりさせられることになる。それは、世代間の公平性の観点から大きな問題だ。
さらに、前世代が作った借金の返済を強いられ続けるのであれば、いずれ将来世代は政府の債務不履行(デフォルト)を選択する可能性が出てくる。国民自らがデフォルトを選択する場合には、デフォルトを防ぐ手立てはなくなる。将来世代への負担の先送りを続けていれば、いずれ、将来世代がデフォルトを選択するという臨界点に達する。その臨界点を意識した時点で、日本の国債利回りが大きく上昇し、経済に甚大な打撃をもたらすことになるだろう。
他方で、その臨界点がまだ遠くにある場合には、将来世代は増税を受け入れることなどを通じて前世代が作った借金の返済を続ける。その分、民間の支出は低下し、経済の低迷を招く。このことは、現時点での中長期的な成長期待を低下させ、企業の設備投資や雇用に悪影響を及ぼし、経済の潜在力を下げてしまうのである。国民生活もより悪化する。
現時点で消費税減税を行うことの問題点は、単に財政危機のリスクを高めるかどうかだけでなく、世代間の不公平感を高めてしまうことや、経済の潜在力を一段と低下させてしまうことにもある。消費税減税はより多面的に捉えた議論が必要だろう。
夏の参院選挙に向けて消費税減税の議論が高まる日本でも、先行きの財政環境が一段と悪化することへの警戒から、債券価格が下落している面がある。米国債格下げやそれを受けた金融市場の悪い反応は、日本の消費税減税の議論がもたらすリスクへの警鐘ともなっている。
石破首相は19日の参院予算委員会で、財源確保を伴わない消費税減税に対して強い反対の考えを表明している。
石破首相は、「税収は増えているが、社会保障の費用も増えている」とし、「すべて総合的に勘案していかなければならない」と説明した。また「金利がある世界の恐ろしさをよく認識する必要がある」と指摘した上で、日本の財政状況は「間違いなく極めてよろしくない。ギリシャよりもよろしくない状況だ」との見方を示した。
石破首相の主張は正論であると思うが、ギリシャと日本の財政リスクを比べる主張は新たな反発を呼ぶかもしれない。数年前に現代金融理論(MMT)が流行った際に良くされた議論だが、MMTの考えを支持する学者は、ギリシャのような財政危機は米国や日本では起きないと主張した。ギリシャで財政危機が起きたのは、欧州中央銀行(ECB)の創設によって、ギリシャは独自の金融政策(独立した中央銀行)を失ったためであり、自国に金融政策を担う中央銀行を持つ米国や日本では同じようなことは起きないと主張した。
その主張は正しい。財政の信頼性が落ちて、仮に国債の消化が難しくなるようなことがあっても、中央銀行が国債を直接引き受け、政府のファイナンスを助けることができるからだ。日本では、日本銀行が政府の国債を直接買い入れる直接引き受けは財政法第5条で禁じられているが、「但し書き」で国債の直接引き受けが例外的に認められている。従って、日本で財政破たんが簡単に生じないことは確かである。
しかしすぐに財政破綻が生じないからと言って、日本での財政赤字の拡大、政府債務の増加が問題でない訳ではない。赤字国債の発行による財政赤字の拡大は、現役世代が享受する政府サービスに対して、それに見合う負担をしていないことを意味する。その結果増加する政府債務は、将来世代の負担になる。将来世代は自らが享受する政府サービスを上回る負担を引き受けて、前世代の借金の返済を肩代わりさせられることになる。それは、世代間の公平性の観点から大きな問題だ。
さらに、前世代が作った借金の返済を強いられ続けるのであれば、いずれ将来世代は政府の債務不履行(デフォルト)を選択する可能性が出てくる。国民自らがデフォルトを選択する場合には、デフォルトを防ぐ手立てはなくなる。将来世代への負担の先送りを続けていれば、いずれ、将来世代がデフォルトを選択するという臨界点に達する。その臨界点を意識した時点で、日本の国債利回りが大きく上昇し、経済に甚大な打撃をもたらすことになるだろう。
他方で、その臨界点がまだ遠くにある場合には、将来世代は増税を受け入れることなどを通じて前世代が作った借金の返済を続ける。その分、民間の支出は低下し、経済の低迷を招く。このことは、現時点での中長期的な成長期待を低下させ、企業の設備投資や雇用に悪影響を及ぼし、経済の潜在力を下げてしまうのである。国民生活もより悪化する。
現時点で消費税減税を行うことの問題点は、単に財政危機のリスクを高めるかどうかだけでなく、世代間の不公平感を高めてしまうことや、経済の潜在力を一段と低下させてしまうことにもある。消費税減税はより多面的に捉えた議論が必要だろう。
プロフィール
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木内 登英のポートレート 木内 登英
金融ITイノベーション事業本部
エグゼクティブ・エコノミスト
1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。
※組織名、職名は現在と異なる場合があります。