5キロ当たり「2千円」を目標に
小泉新農林水産大臣は23日に、政府が随意契約で放出する政府備蓄米について、5キロ当たり「2千円」で店頭に並ぶように小売業者などに売り渡す方針であることを明らかにした。現在の小売価格の平均が4,200円台であることを踏まえると、「2千円」はかなり意欲的な目標だ。石破首相は「3千円台」を目標に掲げていた。
政府は3月以降、政府備蓄米をJA全農など集荷業者に入札方式で売却し、それが卸・小売段階に流通していくことで、コメの小売価格が下がることを期待した。
政府は、政府備蓄米の適正備蓄水準を100万トン程度としており、この基準に基づいて備蓄の運用をしている。実際には、放出前は90万トン程度だったとみられる。3月以降政府はその約3分の1に当たる31万トンの政府備蓄米を、入札を通じて放出した。主食用米の国内需要量が年間670万トンとされることから、放出前の政府備蓄米はその約13%、放出量はその約4.6%と計算できる。
ただし、JA全農など集荷業者を通じて放出された政府備蓄米のうち、現時点で小売業者、外食業者に届いた量はわずか1割程度だという。その量は、年間国内需要量の0.5%に過ぎない。コメの供給量がこの程度しか増えていないのであれば、コメの価格が目立って下がらないのも当然だろう。
政府は3月以降、政府備蓄米をJA全農など集荷業者に入札方式で売却し、それが卸・小売段階に流通していくことで、コメの小売価格が下がることを期待した。
政府は、政府備蓄米の適正備蓄水準を100万トン程度としており、この基準に基づいて備蓄の運用をしている。実際には、放出前は90万トン程度だったとみられる。3月以降政府はその約3分の1に当たる31万トンの政府備蓄米を、入札を通じて放出した。主食用米の国内需要量が年間670万トンとされることから、放出前の政府備蓄米はその約13%、放出量はその約4.6%と計算できる。
ただし、JA全農など集荷業者を通じて放出された政府備蓄米のうち、現時点で小売業者、外食業者に届いた量はわずか1割程度だという。その量は、年間国内需要量の0.5%に過ぎない。コメの供給量がこの程度しか増えていないのであれば、コメの価格が目立って下がらないのも当然だろう。
ごく一部の消費者が「2千円」程度で買うことができるだけで終わってしまうリスクも
小泉大臣のもとで、コメの価格安定化策は大きく修正される。従来は政府備蓄米の放出によってコメの供給量を増やすことを通じて価格の引き下げを目指した。しかし、流通段階の目詰まりなどを背景に、その効果は表れていない。小泉大臣は、コメの供給量を増やすことに加えて、価格に直接影響を与える異例の政策を実施する。それが入札方式ではなく、政府米を売却する先とその価格を政府が決める随意契約方式だ。随意契約方式は透明性を確保するのが難しく、政府が恣意的に特定の業者に事実上の補助金を与えてしまう恐れもあることから、通常の政府活動の中では例外的な措置である、いわゆる禁じ手だ。禁じ手を使わざるを得なくなるまで、政府は追い込まれたのである。
政府は大手の小売業を主な対象として、随意契約方式で政府備蓄米を新たに売却する。ネット販売を通じて政府備蓄米を消費者に販売することも検討されている。政府は売却先の小売業の販売価格も厳しくチェックすることで、放出する政府備蓄米は5キロ「2千円」程度で販売されることになるだろう。
しかし、それに消費者が殺到し、また買い占めのような状況を生み、ごく一部の消費者だけが「2千円」程度で買うことができるだけで終わってしまう可能性もあるのではないか。一方、放出された政府備蓄米が売り切れとなれば、多くの人は従来通りの高い価格のコメを買わざるを得なくなる可能性もある。
小泉大臣は新たな方式で30万トン程度の政府備蓄米を放出する考えだ。しかし既に見たように、これは年間国内需要量の約4.6%に過ぎない。小泉大臣は必要であれば政府備蓄米を「無制限で売却する」としているが、実際には政府備蓄米は無制限にはない。30万トン程度の政府備蓄米を新たに放出すれば、残りは30万トン程度しか残らないとみられる。
政府は大手の小売業を主な対象として、随意契約方式で政府備蓄米を新たに売却する。ネット販売を通じて政府備蓄米を消費者に販売することも検討されている。政府は売却先の小売業の販売価格も厳しくチェックすることで、放出する政府備蓄米は5キロ「2千円」程度で販売されることになるだろう。
しかし、それに消費者が殺到し、また買い占めのような状況を生み、ごく一部の消費者だけが「2千円」程度で買うことができるだけで終わってしまう可能性もあるのではないか。一方、放出された政府備蓄米が売り切れとなれば、多くの人は従来通りの高い価格のコメを買わざるを得なくなる可能性もある。
小泉大臣は新たな方式で30万トン程度の政府備蓄米を放出する考えだ。しかし既に見たように、これは年間国内需要量の約4.6%に過ぎない。小泉大臣は必要であれば政府備蓄米を「無制限で売却する」としているが、実際には政府備蓄米は無制限にはない。30万トン程度の政府備蓄米を新たに放出すれば、残りは30万トン程度しか残らないとみられる。
政府は為替介入の知見を活かせ
重要なのは、政府備蓄米を5キロ当たり「2千円」程度の価格で販売することではなく、それを呼び水にして他のコメの価格の引き下げにつなげることだ。これができなければ、流通するコメのうちごく一部の政府備蓄米だけが低い価格で販売され、そこに消費者が殺到する結果、短期間で売り切れてしまう、という事態に陥る可能性が考えられる。
政府備蓄米の放出を通じた価格コントロールは、政府が既に知見を一定程度蓄積している為替介入にも似ている(コラム「政府備蓄米放出へ:為替介入に学ぶコメの価格安定化策」、2025年2月13日)。政府は為替市場での取引量と比べればかなり小さい額で為替市場に介入することで、為替安定維持に向けた一定の成果を挙げてきた。
国際決済銀行(BIS)の調査によると、2019年4月時点で日本の外国為替市場の1営業日あたりの平均取引高は3,755億ドル(約53.7兆円)である。昨年1年間で実施されたドル売り円買い介入の合計額は15.3兆円であるが、これは日本の為替市場での1日の平均取引額の約28%に過ぎない。このような規模であっても、為替安定維持に向けた一定の成果を挙げられるのは、為替介入がもたらす心理的効果に依存するところが少なくない。
ドル売り円買いの為替介入によって一時的にであってもドル安円高が進むと、ドルのロングポジションを持つ投資家に損失が生じる。そうして植え付けられた恐怖心が、投資家にドルのロングポジションの修正を促し、円安ドル高の流れを円高ドル安へと変える可能性も出てくる。為替介入は、政府と市場参加者との間の神経戦なのである。
この為替介入の知見をコメの価格安定策に活かすのであれば、新たな随意契約方式による政府備蓄米の放出によって、コメの価格全体が下がるとの期待を市場に醸成する工夫が重要だ。
その結果、コメの価格の高止まりあるいはさらなる上昇を予想してコメの在庫を積み上げ、販売を絞っている流通業者が、価格が大きく下がる前に慌ててコメの売却に動けば、コメの価格全体が下がることになる。小泉大臣は、新たな随意契約方式による政府備蓄米の放出によって、コメの価格全体が大きく下がるという見通しを強くアピールし、業者の価格見通しに大きな影響を与える戦略をとることが重要だ。
政府備蓄米の放出を通じた価格コントロールは、政府が既に知見を一定程度蓄積している為替介入にも似ている(コラム「政府備蓄米放出へ:為替介入に学ぶコメの価格安定化策」、2025年2月13日)。政府は為替市場での取引量と比べればかなり小さい額で為替市場に介入することで、為替安定維持に向けた一定の成果を挙げてきた。
国際決済銀行(BIS)の調査によると、2019年4月時点で日本の外国為替市場の1営業日あたりの平均取引高は3,755億ドル(約53.7兆円)である。昨年1年間で実施されたドル売り円買い介入の合計額は15.3兆円であるが、これは日本の為替市場での1日の平均取引額の約28%に過ぎない。このような規模であっても、為替安定維持に向けた一定の成果を挙げられるのは、為替介入がもたらす心理的効果に依存するところが少なくない。
ドル売り円買いの為替介入によって一時的にであってもドル安円高が進むと、ドルのロングポジションを持つ投資家に損失が生じる。そうして植え付けられた恐怖心が、投資家にドルのロングポジションの修正を促し、円安ドル高の流れを円高ドル安へと変える可能性も出てくる。為替介入は、政府と市場参加者との間の神経戦なのである。
この為替介入の知見をコメの価格安定策に活かすのであれば、新たな随意契約方式による政府備蓄米の放出によって、コメの価格全体が下がるとの期待を市場に醸成する工夫が重要だ。
その結果、コメの価格の高止まりあるいはさらなる上昇を予想してコメの在庫を積み上げ、販売を絞っている流通業者が、価格が大きく下がる前に慌ててコメの売却に動けば、コメの価格全体が下がることになる。小泉大臣は、新たな随意契約方式による政府備蓄米の放出によって、コメの価格全体が大きく下がるという見通しを強くアピールし、業者の価格見通しに大きな影響を与える戦略をとることが重要だ。
コメの価格安定化策では低所得者の支援強化を
ただし、政府備蓄米の保有額が限られていることが、そうした期待の情勢の妨げになる可能性があるだろう。ドル買い円売りの為替介入では、介入資金は無制限であるが、ドル売り円買いの為替介入の場合には、外貨準備が介入資金の上限となるため、為替介入の効果はその分削がれるとされる。
新たな取り組みを通じてもコメの価格全体が顕著に下がらない場合には、ガソリン補助金制度と同様に、政府が集荷業者、卸売業者らに補助金を出して、補助金分だけコメの小売価格を下げようにする手法も考えられる。
ただしこうした政策は、広く国民から税金を通じて徴収した資金を、広く国民に配ることに等しく、付加価値の低い政策となってしまう。コメの小売価格を下げる政策から、コメの価格高騰で生活が圧迫される低所得層を支援する政策へと発想を大きく変えることも選択肢となるだろう。その場合、一定の所得以下の人には、コメ購入額の一定割合を後に補助する方法や、コメを安価あるいは無料で購入できるクーポンを配布することなどの手法も考えられる。
(参考資料)
「農相、備蓄米『店頭2000円』」、「コメ、排水の『官製値下げ』」、2025年5月24日、日本経済新聞
新たな取り組みを通じてもコメの価格全体が顕著に下がらない場合には、ガソリン補助金制度と同様に、政府が集荷業者、卸売業者らに補助金を出して、補助金分だけコメの小売価格を下げようにする手法も考えられる。
ただしこうした政策は、広く国民から税金を通じて徴収した資金を、広く国民に配ることに等しく、付加価値の低い政策となってしまう。コメの小売価格を下げる政策から、コメの価格高騰で生活が圧迫される低所得層を支援する政策へと発想を大きく変えることも選択肢となるだろう。その場合、一定の所得以下の人には、コメ購入額の一定割合を後に補助する方法や、コメを安価あるいは無料で購入できるクーポンを配布することなどの手法も考えられる。
(参考資料)
「農相、備蓄米『店頭2000円』」、「コメ、排水の『官製値下げ』」、2025年5月24日、日本経済新聞
プロフィール
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木内 登英のポートレート 木内 登英
金融ITイノベーション事業本部
エグゼクティブ・エコノミスト
1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。
※組織名、職名は現在と異なる場合があります。