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日本製鉄は「部分的に所有権を持つ」ようになるとの発言の本意は

日本製鉄による米鉄鋼大手USスチールの買収計画について、トランプ米大統領の発言に日々翻弄される状況が続いている。
 
トランプ大統領は23日、自身のSNS上で、両社の「提携」を認める考えを明らかにしていた。「これはUSスチールと日本製鉄との計画的な提携(パートナーシップ)で、少なくとも7万人の雇用創出と米国経済に140億ドルの貢献をもたらす」「関税によって鉄は再び、永遠に『メイド・イン・アメリカ』になると保証する」などと投稿した。この投稿は、買収を承認する意向を示したものとの解釈が広くなされていた。
 
ただし、パートナーシップが何を意味するのかは不明であり、日本製鉄が目指すUSスチールの完全子会社化(100%出資)をトランプ大統領が認めるかどうかは明らかにされていなかった(コラム「トランプ大統領が日本製鉄のUSスチール買収を一転承認へ」、2025年5月26日)。
 
トランプ大統領は25日に、「(USスチールは)米国がコントロールすることになる。そうでなければ取引を成立させないだろう」と述べた。日本製鉄については「投資をし、部分的に所有権を持つ」ようになるとの見通しを示した。この「部分的に所有権を持つ」との発言は、完全子会社化は認めないことを意味するとも解釈できる。

日本製鉄の巨額の設備投資計画はUSスチールの完全子会社化が前提

日本製鉄が、当初の10倍に当たる140億ドルまでUSスチールへの設備投資計画を拡大させたのは、あくまでも100%子会社化が認められることが前提だ。トランプ大統領が過半数以下のUSスチールへの出資しか認めない一方、日本製鉄による140億ドルの設備投資実施を期待するのであれば、それは「いいとこどり」だ。その場合、日本製鉄はUSスチールへの出資と設備投資計画をともに破棄するだろう。
 
ただし、トランプ大統領が50%を超える出資を日本製鉄に認める場合には、日本製鉄は最終的にはそれを受け入れる可能性はあるかもしれない。ただしその場合には、140億ドルの設備投資計画は大幅に減額されるのではないか。
 
また、「(USスチールは)米国がコントロールする」とのトランプ大統領の発言の意味もよく分からない。日本製鉄はUSスチールを完全子会社化しても、取締役会の過半数は米国人にすることを公言しており、米国人による会社経営の継続を事実上認める譲歩を示していた。
 
ただし、トランプ大統領の言う「(USスチールは)米国がコントロールする」との発言は、それにとどまらず、日本製鉄が仮に50%を超える出資を行った後も、米国政府がUSスチールの経営に関与する仕組みを作ることを示唆しているのかもしれない。この場合、日本製鉄との協議は難航する可能性がある。

設備投資は認めるが完全子会社化は認めないというのは極めて虫が良い話

対米外国投資委員会(CFIUS)が再審査をしたのは、日本製鉄によるUSスチールへの完全子会社化計画であることから、トランプ大統領が部分的な出資しか認めないのであれば、トランプ大統領はバイデン前大統領と同様に、この計画を認めず、そのうえで、日本製鉄と改めて交渉することになるだろう。
 
日本製鉄によるUSスチールへの巨額の設備投資は歓迎する一方、完全子会社化は認めないというのは、極めて虫が良い話だ。トランプ大統領がそうした「米国第一主義」に基づく姿勢を続ける限り、関税策と合わせて、日本企業にとって米国は政策がころころと変わるリスクの高い市場との認識となり、日本企業は、米国でのビジネス縮小を真剣に検討せざるを得なくなるだろう。

プロフィール

  • 木内 登英のポートレート

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。