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再燃する米中対立

米中は5月12日に、お互いに関税率を115%引き下げる電撃的な合意を発表した。これにより、トランプ関税の拡大には歯止めが掛かるとの楽観的な見方も広がったが、足もとでは早くも米中の対立が再燃してきている。
 
トランプ米大統領は5月30日、中国がこの合意を履行していないとして強く非難した(コラム「第4回日米関税協議が終了:経済安全保障政策の連携が新たな焦点に:トランプ政権は米中関税協議の停滞に強い不満」、2025年6月2日)。その時点では、具体的な批判の対象は明らかでなかったが、6月1日にベッセント財務長官は、「中国はインドや欧州の産業サプライチェーン(供給網)に不可欠な製品を規制している。信頼できるパートナーがすることではない」と話し、トランプ政権が合意違反と中国を強く批判している主な対象が、レアアース(希土類)の輸出規制であることを明らかにした。
 
5月の米中合意でも、米国側の大きな関心事は中国によるレアアース輸出の再開であり、その履行を条件に、米国は対中関税の大幅引き下げを実施した、とウォールストリート・ジャーナル紙は報じている。

半導体とレアアースを巡る根深い支配権争い

トランプ政権が中国に関税を課したことへの報復として、中国政府は4月初めにレアアースの輸出規制に踏み切った。これは、米国に対する新たな武器であり、貿易交渉における重要な切り札と中国政府は位置付けている。
 
レアアースは自動車部品の製造に欠かせない。米国の自動車メーカーを中心に、多くの米企業が中国によるレアアース輸出許可の承認が遅い、とトランプ政権に訴えた。
 
中国でのレアアース輸出業者は、中国商務省に許可を申請する必要がある。その手続きは不透明で検証が難しいとされ、当局が外部からの監視をほとんど受けずに、許可の付与や停止を自由に決定できるとされる。
 
中国政府は否定しているが、仮にレアアースの輸出の承認を意図的に遅らせているとすれば、そのきっかけとなったのは、米中合意発表の日に米商務省が発表した、中国のテクノロジー大手、華為技術(ファーウェイ)製の人工知能(AI)向け半導体「Ascend(アセンド)」を「世界のいかなる場所でも」使用しないよう米企業に警告したことだったとも指摘される。
 
さらに、中国が合意を履行していないことへの制裁として、中国向けハイテク製品の輸出規制を一段と強化した。その中には、習近平国家主席が重要視しているプロジェクトである国産旅客機「C919」の製造に必要な製品や、中国企業が半導体を設計するのに必要な特定のソフトウエアも含まれているという。
 
トランプ政権が中国人留学生のビザを「積極的に」取り消すと発表したことを、中国外務省は「政治化され、差別的だ」と非難している。
 
このように、米中対立の底流には、米国が優位にある半導体と中国が優位に立つレアアースを巡る根深い支配権争いがある。

今週中にも米中首脳電話会談を実施

米地質調査所(USGS)によると、中国はレアアースの生産量で世界シェアの約7割を占めている。また、米国が中国以外からレアアースを調達するのには10年かかるとも言われる。一方、中国企業は米国の半導体チップのほとんどで、代替可能な技術を開発してきている。
 
レアアースと半導体を巡る対立は、中国側が有利であることが考えられ、そのため、中国は今後も強気の姿勢で米国に対峙するだろう。
 
ホワイトハウスは6月2日に、トランプ米大統領と中国の習近平国家主席は、今週中に電話会談を行う見込みだと発表した。米中貿易合意が崩壊の危機に瀕する中、両国の首脳電話会談が事態改善の糸口になるかどうかが注目される。
 
ただし、経済面に限っても、レアアースと半導体の支配権を巡る両国間の対立は根深く、簡単に米中貿易合意時点まで関係が改善される可能性は高くないのではないか。電撃的な米中貿易合意で、トランプ関税がもたらす世界経済、金融市場へのリスクは大きく軽減されたとの楽観的な見方が広がったが、それは持続的なものではなかった可能性も見えてきた。
 
(参考資料)
“U.S.-China Trade Truce Risks Falling Apart Over Rare-Earth Exports(米中関税の「停戦」、レアアース輸出巡り決裂の危機)”, Wall Street Journal, May 31, 2025
「米中、貿易協議巡り非難 レアアース規制 留学生ビザ取り消し」、2025年6月3日、日本経済新聞 
「中国がレアアースで圧力-関税引き下げ巡る米との対立で優位に」、2025年6月3日、ブルームバーグ

プロフィール

  • 木内 登英のポートレート

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。