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所得減税恒久化を含む関連法案の上院案

トランプ政権が成立を目指す所得減税恒久化を含む関連法案は、5月22日に下院で可決され、現在上院で審議が行われている。トランプ政権は7月4日までの法案成立を目指している。成立の鍵を握るのは、両院で過半数の議席を握る共和党の中の財政健全派だ。
 
米連邦議会上院の財政委員会は6月16日に、関連法案の一部を修正する独自案を公表した。そこには、低所得層向け公的医療保険(メディケイド)を削減する歳出削減案が盛り込まれた。
 
米議会予算局(CBO)の試算では、関連法案に含まれる所得減税の恒久化の影響で2034年までに政府債務が2兆4,000億ドル増加する。財政環境の悪化は国債市場やドルの安定性を損ね、米国からの資金流出を招く恐れもある。こうした点から、金融市場でも所得減税の恒久化に批判的な意見が少なくない。
 
他方、トランプ政権は、共和党の財政健全派や金融市場の懸念を和らげ、大統領選挙の公約である所得減税の恒久化を実現するため、所得減税恒久化の財源確保を図っている。その一つが、追加関税による関税収入の拡大だ。そしてもう一つが、関連法案に含まれる内国歳入法899条の新設であり、これは「報復税」とも呼ばれている(コラム「米国離れを加速させる海外企業・投資家の対米投資への課税強化策」、2025年6月11日)。

899条(報復税)発動で外国投資家・企業に対米投資に大きな打撃

米国が不公正とみなす税を課している国の企業や投資家が追加課税の対象となる。課税対象国は、米テクノロジー企業にデジタルサービス税を課している同盟国や、企業にグローバル・ミニマム課税を導入している国が含まれるとみられる。下院共和党は、欧州諸国やカナダ、オーストラリアで米企業が差別的な形で課税されていると主張しており、これらを対象国として想定しているとみられる。
 
超党派の両院税制合同委員会は899条の発動で、今後10年間で歳入が1,160億ドル増えると試算している。
 
外国投資家や外国企業の米国法人、米国で業務を行う多国籍企業が直接影響を受ける可能性があることから、世界的な大企業の幹部らは、米国での設備投資の減少や米国資産からの資金流出につながることを懸念し、それに反対するロビー活動を展開している。彼らは、899条が発動された場合には、米国内で雇用する840万人に影響があると懸念している。
 
この条項が発動された場合、海外投資家が保有する米国株の配当金や社債の利息に課す税率が4年間にわたり毎年5ポイントずつ上昇することになる。また現在は非課税となっている政府系ファンドが保有する米国ポートフォリオ資産も課税対象となるため、海外投資家もその発動を強く警戒している。

上院案では適用開始時期先送り

企業や投資家の批判を受けて、上院は条項の見直しを提案している。下院案では対象国の個人・企業に対する税率を4年間で20%まで引き上げる仕組みとなっている。これに対して上院案は、第899条項の適用開始時期を暦年ベースで2027年まで先送りし、その後は年5ポイントずつ税率を引き上げ、最終的な上限を15%とする内容である。
 
上院案は第899条項の適用開始時期を先送りする一方、税率の引き上げ幅も縮小させている。しかし、第899条項の発動自体は受け入れている。今後の上院での審議で第899条項がどのように扱われていくか、そして下院案との調整がどのようになされていくのかは現時点では不明だ。第899条項の発動は、海外投資家の対米投資や海外企業の米国への直接投資に悪影響を与えるだろう。それは、彼らにとっての懸念であるばかりでなく、米国金融市場を動揺させ、米国経済にマイナスに働くことになることから、米国にとっても大きなリスクだ。
 
(参考資料)
「トランプ政権の対米投資課税強化に反対 各国企業がロビー活動」、2025年6月10日、NIKKEI FT the World
「米上院、「報復税」の導入先送りと税率抑制を提案-トランプ税制法案」、2025年6月17日、ブルームバーグ

プロフィール

  • 木内 登英のポートレート

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。