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政府は追加のガソリン価格安定化策を実施

石破首相は19日に、「中東情勢の混乱が長引き、石油製品価格の急激な上昇が継続する場合に備えて、需要の拡大が見込まれる7月から8月において、4月から5月で生じた基金の余剰を活用して、国民生活に大きな影響を及ぼすことがないよう、小売価格がウクライナ危機前後の水準となっている現在の水準から上昇しないように目指す。そのための予防的な激変緩和措置を開始する」と表明した。26日から開始するという。石破首相は具体策については言及しなかったが、ガソリンへの補助金の拡充を行う可能性が考えられる。
 
イランとイスラエルの軍事衝突を受けて、6月12日に原油価格は大きく上昇した。しかしその後は、WTIの原油価格は1バレル70ドル台半ばの水準で概ね横ばいで推移している状況だ。当コラムで示した3つのシナリオのうち、WTIが1バレル75ドルという第1の「現状維持のケース」に相当する(コラム「中東情勢の緊迫化と金融市場の動揺:シナリオ別日本経済への影響試算」、2025年6月13日)。5月末の1バレル60ドル程度の底値から計算すると、WTIの原油価格は25%程度上昇した状況だ。

第2のケースでガソリン価格は45%上昇しGDPを0.27%押し下げ

政府は5月22日から、ガソリン価格を1リットル10円程度押し下げるよう、新たな補助金制度を続けている。そのもとで6月16日時点でのレギュラーガソリン価格は全国平均で1リットル171.2円である。海外での原油価格の上昇は、1か月程度の時間差で国内のガソリン価格に反映されると考えられるが、海外の原油価格が25%程度上昇したことで、現行の制度を続けた場合には、国内のガソリン価格は1リットル214円程度まで上昇してしまう計算となる。原油価格の25%上昇は、国内実質GDPを1年間で0.15%押し下げる計算だ。
 
他方、米国がイラン攻撃に踏み切れば、ステージは変わり、3つのシナリオのうち第2の「限定的な対立持続のケース」に移行する可能性が出てくる。ここでは、イランとイスラエルの軍事衝突をした昨年4月のWTIの価格のピークである1バレル87ドル程度までの上昇を想定している。これは、1バレル60ドルから計算して45%の価格上昇である。この場合、現状のガソリン補助金制度のもとでは、国内のガソリン価格は1リットル248円程度まで上昇してしまう。そして原油価格の45%上昇は、国内実質GDPを1年間で0.27%押し下げる計算だ。

1リットル170~180円程度のガソリン価格水準を維持する措置を導入か

さらに、米国がイラン攻撃に踏み切る一方、軍事力で大きく劣るイランが、原油価格の高騰を武器に米国に対抗するために、ホルムズ海峡の封鎖のような措置を講じる場合、第3の「原油供給リスクが高まるケース」へと移行する。このケースでは、WTIの価格は、ロシアによるウクライナ侵攻直後のピークである1バレル120ドル程度まで上昇することを想定する。それは100%の価格上昇である。この場合、現状のガソリン補助金制度のもとでは、国内のガソリン価格は、実に1リットル341円程度まで上昇してしまう。原油価格の100%上昇は、国内実質GDPを1年間で0.60%押し下げる計算だ。
 
第1のケースにとどまる場合でも、ガソリン価格は1リットル200円を超えることや、事態はさらに悪化する可能性が出ていることを踏まえると、政府がこの時点で対応策を講じるのは当然だろう。現在の制度のもとでは、政府は市場で決まるガソリン価格を補助金で10円程度押し下げているが、再び、1リットル170~180円程度の水準を維持する措置へと制度を見直す可能性が考えられる。
 
図表 中東情勢の緊迫化と原油価格上昇の日本経済への影響のシナリオ別試算

プロフィール

  • 木内 登英のポートレート

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。