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米国離れを促す恐れある「報復税」は撤回

主要7か国(G7)は6月28日に、法人税の最低税率を世界で15%とする国際最低課税に関する合意の一部条項から米企業を除外する案を支持することで、米国と合意した。米国が、それへの対抗策として検討していた「報復税」を撤回する意向を示したことが背景にある。

最低法人税率などを定めた国際課税ルールは、2021年に経済協力開発機構(OECD)加盟国を中心に、米国を含む約140カ国が合意した。当時のバイデン米大統領がその議論を主導した。そこでは、グローバル企業が低税率国に本社を置くなどして税逃れをしても、子会社がある国が企業に課税できる仕組みとなっている。課税逃れ対策であるとともに、世界的な法人税の引き下げ競争に歯止めをかける狙いがあった。

米国企業の海外子会社に外国政府が課税を行うことにトランプ政権は強く反発し、トランプ米大統領は今年1月に署名した大統領令で、国際課税ルールが米国に適用されないと表明し、この枠組みから事実上離脱した。

さらに、同ルールを念頭に、米国に対して不公平な税制をとる国の企業、投資家への課税税率を段階的に引き上げる「報復税」を定めた内国歳入法899条の新設を、現在米上院で審議されている減税恒久化措置を含む関連法案に盛り込んでいた(コラム「海外投資家・企業が警戒する米内国歳入法899条(報復税)の発動:米上院は導入先送りを提案」、2025年6月18日)。

しかし、国際最低課税から米国が除外されることを条件に、「報復税」を見送るようにトランプ政権は議会に働きかけ、議会指導部はそれを受け入れた。

「報復税」は、海外企業の対米投資の妨げになるほか、海外投資家が米国社債投資などを控え、株安、債券安、ドル安という米国のトリプル安を誘発することが警戒されていた。

減税恒久化措置を含む関連法案は7月4日までに可決されるか

減税恒久化措置を含む関連法案を、共和党の上院指導部は、トランプ大統領が設定した7月4日の期限までに可決させようとしている。しかし、その障害となっているのは、上院の共和党議員の反対だ。

同法案には現在8人の上院の共和党議員が反対の考えを示している。法案を可決させるには上院共和党53議席のうち、反対を3票以内に抑える必要がある。仮に賛否同数となれば、バンス副大統領が賛成票を投じることになる。

同法案の可決に反対の意向を示す8人の上院の共和党議員は、みな同じ理由で反対している訳ではない。一部のグループ(財政規律派)はさらなる歳出削減を求める一方、別のグループ(穏健派)は逆に、医療給付や再生可能エネルギーへの補助金などの予算拡充を求めている双方の要求を満たすように法案を修正するのは非常に難しい。

トランプ大統領は自身の政策の目玉とする減税法案に反対する共和党議員をSNS上で激しく非難している。28日に行われた同法案の審議を開始する動議を巡る採決で反対票を投じたティリス上院議員に対して、トランプ氏は共和党予備選で同氏の議席に挑む別の候補を擁立すると警告した。同じく反対票を投じたポール議員も非難した。ポール氏もまた、法案の規模や5兆ドルの債務上限引き上げが盛り込まれていることを理由に、反対票を投じる意向を示している。

これに対しティリス氏は29日に、再選を目指さない意向を表明し、トランプ大統領に抵抗した。現時点ではこの2人が法案に反対する可能性が高く、共和党上院指導部にとって受け入れられるのはあと1人の反対となる。

仮に上院案が可決されても、それが再び下院で可決されなければ同法案は成立しない。同法案は5月に下院で可決されたが、上院での修正案は下院案よりも財政赤字を拡大させる見通しとなる。その場合、下院で財政規律派の反発は強まることから、7月4日までの法案可決はまだ見えていない。

法案審議の行方は年後半の米国経済と金融市場を占う大きな注目点

米議会予算局(CBO)は、上院案が成立すれば、米国の財政赤字は2034年までの約10年間でおよそ3兆3,000億ドル(約477兆円)増えるとの推計を示している。歳入が4兆5,000億ドル減少し、歳出が1兆2,000億ドル減少するとの推計だ。
 
 国民の間では、同法案への反発は小さくない。ピュー・リサーチが最近実施した調査では、法案に「反対する」と答えた人は49%と約半分、「支持する」は29%、「判断できない」は約21%だった。
 
 同法案が上院案の通りに成立する見通しとなれば、先行きの財政赤字見通し悪化から長期金利が上昇し、金融資産のドル離れを後押しする可能性がある。他方、同法案が成立しなければ、大型の所得減税は今年年末で失効することになるため、法案審議の遅れは、関税による経済への悪影響とともに、金融市場で景気の先行きへの不安を高める。同法案の審議の行方は、年後半の米国経済と金融市場を占う大きな注目点である。
 
 
(参考資料) 
「G7、最低法人税率巡る合意を発表 米国企業例外で「報復税」見送り」、2025年6月29日、日本経済新聞電子版
「トランプ税制法案、上院での造反阻止が焦点-共和党内の調整続く」、2025年6月29日、ブルームバーグ
 

プロフィール

  • 木内 登英のポートレート

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。