ステーブルコインがクレジットカード決済を代替していくと銀行収益にマイナスも
米議会では、ドルなどの法定通貨や商品(コモディティ)と価値が連動するように設計された暗号資産(仮想通貨)「ステーブルコイン」の規制整備に関する法案の審議が進められている(コラム「米国で進むステーブルコインの規制整備(1):GENIUS法案の概要とステーブルコインを巡る競争」、2025年6月27日)。
ステーブルコインの利用拡大が今後さらに進んだ場合、それは銀行システムには複雑な影響を与えるだろう。個人がステーブルコインを購入すると、個人の銀行口座からステーブルコインの発行者の銀行口座にお金が移るが、金融部門が経済に供給するマネーであるマネーストック(現金、預金)の総量は変わらない。
銀行がステーブルコインの発行者である場合には、購入者の銀行預金から発行者の中銀当座預金にお金が移る。マネーストックは減るが、マネタリーベース(現金、中銀当座預金)がその分増加するため、マネーの総量はやはり変わらない。
他方、ステーブルコインが現金を代替する形で利用される場合には、その分、現金発行が減少する。現金という利子を支払う必要がない負債が減少することで、中央銀行の収益が減少するという問題が生じることになる。
ステーブルコインによる決済がクレジットカードによる決済を代替する場合、クレジットカードのイシュア及びアクワイアラとして重要な役割を果たしている銀行は、その両面から各種手数料を失ってしまうことになる。
一方、銀行がステーブルコインの発行者となる場合には、現在議会で審議されている法案に従えば、発行者はステーブルコインの裏付けとなる準備資産を保有することが求められる。米国債などを準備資産として保有すれば、その利子収入が銀行の利益を拡大させることになるのである。
ステーブルコインの利用拡大が今後さらに進んだ場合、それは銀行システムには複雑な影響を与えるだろう。個人がステーブルコインを購入すると、個人の銀行口座からステーブルコインの発行者の銀行口座にお金が移るが、金融部門が経済に供給するマネーであるマネーストック(現金、預金)の総量は変わらない。
銀行がステーブルコインの発行者である場合には、購入者の銀行預金から発行者の中銀当座預金にお金が移る。マネーストックは減るが、マネタリーベース(現金、中銀当座預金)がその分増加するため、マネーの総量はやはり変わらない。
他方、ステーブルコインが現金を代替する形で利用される場合には、その分、現金発行が減少する。現金という利子を支払う必要がない負債が減少することで、中央銀行の収益が減少するという問題が生じることになる。
ステーブルコインによる決済がクレジットカードによる決済を代替する場合、クレジットカードのイシュア及びアクワイアラとして重要な役割を果たしている銀行は、その両面から各種手数料を失ってしまうことになる。
一方、銀行がステーブルコインの発行者となる場合には、現在議会で審議されている法案に従えば、発行者はステーブルコインの裏付けとなる準備資産を保有することが求められる。米国債などを準備資産として保有すれば、その利子収入が銀行の利益を拡大させることになるのである。
ステーブルコインの発行拡大が銀行システムを不安定化させるリスクも
ステーブルコインの発行が増えれば、それが金融システムの不安定化につながるリスクもあるだろう。個人が発行者からステーブルコインを購入すると、その分、個人の銀行預金残高が減少する。そして発行者の銀行預金には資金が移転して、残高が拡大する。
ステーブルコインを購入した個人の預金額は25万ドル(約3,300万円)までの預金保険による保護の範囲内であるとしても、その個人預金を集めたステーブルコイン発行者の銀行預金は、預金保護の上限を大きく上回る。預金の預け先の銀行の経営に不安が生じると、ステーブルコインの発行者は預金保護の対象とならない大口の預金を、より経営が安定した銀行へと移し換える。それが当該銀行の経営をさらに不安定にさせ、破綻に追い込む可能性もあるかもしれない。
最近では、国債を大量に保有していたシリコンバレーバンク(SVB)が、国債価格の急落で損失を負い、預金保険で保護されない大口の預金が一気に流出するなかで、国債の売却損を出してそれに応じざるを得なくなり、結果的に損失拡大が債務超過を起こし破綻に至った。
このように、ステーブルコインの発行が増えれば、預金保険で保護される安定した個人の小口の銀行預金が、ステーブルコイン発行者の預金保険で保護されない不安定な大口預金にとってかわられ、銀行システムの脆弱性を高めてしまう可能性がある。
そうした実例は既にある。破綻したSVBの当時の預金者の中には、ステーブルコイン「USDコイン(USDC)」を発行するサークル・インターネット・グループがあった。サークルは2023年3月にSVBから30億ドルを超える預金の移転を開始したが、規制当局がSVBを管理下に置く前に預金の移転が終了しなかったという。そのため、SVBが破綻すれば、サークルがSVBに持つ預金保護対象外の預金の一部が戻ってこない可能性が生じ、ステーブルコインの準備資産が減価してしまうことになる。そうした懸念を反映して、一部の仮想通貨交換業者ではUSDCの価格が一時的に1ドルを下回ったのである。
ステーブルコインを購入した個人の預金額は25万ドル(約3,300万円)までの預金保険による保護の範囲内であるとしても、その個人預金を集めたステーブルコイン発行者の銀行預金は、預金保護の上限を大きく上回る。預金の預け先の銀行の経営に不安が生じると、ステーブルコインの発行者は預金保護の対象とならない大口の預金を、より経営が安定した銀行へと移し換える。それが当該銀行の経営をさらに不安定にさせ、破綻に追い込む可能性もあるかもしれない。
最近では、国債を大量に保有していたシリコンバレーバンク(SVB)が、国債価格の急落で損失を負い、預金保険で保護されない大口の預金が一気に流出するなかで、国債の売却損を出してそれに応じざるを得なくなり、結果的に損失拡大が債務超過を起こし破綻に至った。
このように、ステーブルコインの発行が増えれば、預金保険で保護される安定した個人の小口の銀行預金が、ステーブルコイン発行者の預金保険で保護されない不安定な大口預金にとってかわられ、銀行システムの脆弱性を高めてしまう可能性がある。
そうした実例は既にある。破綻したSVBの当時の預金者の中には、ステーブルコイン「USDコイン(USDC)」を発行するサークル・インターネット・グループがあった。サークルは2023年3月にSVBから30億ドルを超える預金の移転を開始したが、規制当局がSVBを管理下に置く前に預金の移転が終了しなかったという。そのため、SVBが破綻すれば、サークルがSVBに持つ預金保護対象外の預金の一部が戻ってこない可能性が生じ、ステーブルコインの準備資産が減価してしまうことになる。そうした懸念を反映して、一部の仮想通貨交換業者ではUSDCの価格が一時的に1ドルを下回ったのである。
銀行システムとステーブルコインの連動性が強まる可能性
このように、銀行システムとステーブルコインの価値とが、連動してともに不安定化する事態も起こり得るのである。そうした事態を回避するために、ステーブルコインの発行者は、準備資産の一部である銀行預金を、大手銀行へと移す傾向を強めるだろう。大手銀行は経営が安定しているうえに、厳しい流動性リスク管理も求められているからだ。
実際、サークルはG-SIBs(グローバルなシステム上重要な銀行)と呼ばれる大手銀行、例えば、バンク・オブ・アメリカ、シティグループ、JPモルガン、ウェルズ・ファーゴなどに、ステーブルコインの準備資産である銀行預金を集中させているという。
そうした動きは、銀行預金の大手銀行への集中を進め、大手銀行の収益性をより高めるなど、大手銀行と中堅・中小銀行との格差を一段と拡大させるのではないか。
このように、銀行預金を経由した決済を代替するステーブルコインの利用の拡大が、銀行システムの安定性と密接にかかわるとともに、銀行システムの構造変化を促すことにもなるのではないか。
(参考資料)
「ステーブルコイン、不安定要因となる可能性」、2025年6月17日、ウォール・ストリート・ジャーナル日本版
実際、サークルはG-SIBs(グローバルなシステム上重要な銀行)と呼ばれる大手銀行、例えば、バンク・オブ・アメリカ、シティグループ、JPモルガン、ウェルズ・ファーゴなどに、ステーブルコインの準備資産である銀行預金を集中させているという。
そうした動きは、銀行預金の大手銀行への集中を進め、大手銀行の収益性をより高めるなど、大手銀行と中堅・中小銀行との格差を一段と拡大させるのではないか。
このように、銀行預金を経由した決済を代替するステーブルコインの利用の拡大が、銀行システムの安定性と密接にかかわるとともに、銀行システムの構造変化を促すことにもなるのではないか。
(参考資料)
「ステーブルコイン、不安定要因となる可能性」、2025年6月17日、ウォール・ストリート・ジャーナル日本版
プロフィール
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木内 登英のポートレート 木内 登英
金融ITイノベーション事業本部
エグゼクティブ・エコノミスト
1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。
※組織名、職名は現在と異なる場合があります。