年内の実質賃金上昇は微妙な情勢に
厚生労働省が7日発表した5月分毎月勤労統計で、実質賃金は前年比-2.9%と前月の同-2.0%から下落幅を拡大させ、5か月連続の下落となった。前月からの下落幅拡大は、振れの大きいボーナスなどの特別給与が前年同月比-18.7%と大幅に下落したことで、現金給与総額が前月の前年同月比+2.0%から+1.0%に大きく下振れたという一時的な要因によるところが大きい。
しかし基調的な賃金動向を示す所定内賃金が前年同月比+2.1%である一方、消費者物価上昇率(持ち家の帰属家賃を除く総合)が前年同月比+4.0%と両者の間には大きな開きがあり、実質賃金上昇率が年内に増加に転じるかどうかは微妙な情勢となってきた。
所定内賃金の前年同月比+2.1%は1年前と同水準にあるが、連合の最終集計では、春闘での賃上げ率は+5.25%、ベアは+3.70%と、前年のそれぞれ+5.10%、+3.56%をわずかに上回った程度だ。
春闘の影響が次第に反映される中、所定内賃金及び現金給与総額の上昇率は今後さらに上昇していくとみられるが、今年年末時点でそれぞれ+2.6%~+2.7%にとどまると予想される。5月に前年同月比+4.0%の消費者物価上昇率(持ち家の帰属家賃を除く総合)が+2.6%~+2.7%以下まで、つまり現状から1.3%~1.4%ポイント以上低下しないと、年内に実質賃金上昇率はプラスのトレンドには戻らない。
しかし基調的な賃金動向を示す所定内賃金が前年同月比+2.1%である一方、消費者物価上昇率(持ち家の帰属家賃を除く総合)が前年同月比+4.0%と両者の間には大きな開きがあり、実質賃金上昇率が年内に増加に転じるかどうかは微妙な情勢となってきた。
所定内賃金の前年同月比+2.1%は1年前と同水準にあるが、連合の最終集計では、春闘での賃上げ率は+5.25%、ベアは+3.70%と、前年のそれぞれ+5.10%、+3.56%をわずかに上回った程度だ。
春闘の影響が次第に反映される中、所定内賃金及び現金給与総額の上昇率は今後さらに上昇していくとみられるが、今年年末時点でそれぞれ+2.6%~+2.7%にとどまると予想される。5月に前年同月比+4.0%の消費者物価上昇率(持ち家の帰属家賃を除く総合)が+2.6%~+2.7%以下まで、つまり現状から1.3%~1.4%ポイント以上低下しないと、年内に実質賃金上昇率はプラスのトレンドには戻らない。
名目賃金・所得の目標には課題
実質賃金の大幅下落が国民生活を圧迫するなか、参院選でも物価高対策とともに賃上げが各党の重要な政策課題となっている。自民党は、「実質1%、名目3%の賃金上昇率を達成し、30年度に賃金約100万円増を目指す」、公明党は「最低賃金を全国加重平均で1,500円まで2020年代に引き上げる」、立憲民主党は「中小企業支援を前提として、早期に最低賃金を全国1,500円以上に引き上げる」、日本維新の会は「最低賃金を引き上げ、賃上げを強化する」、国民民主党は「初任給倍増を早期に実現する」、れいわ新選組は「全国一律の最低賃金1,500円を導入する」などを選挙公約を掲げている。
最低賃金の目標を掲げる党が多いが、急激な最低賃金の引き上げは、企業収益を悪化させ、零細企業の破綻を誘発することを通じて、労働者の雇用や所得の安定を損ねてしまうリスクがある点にも配慮が必要だろう。
また最低賃金の引き上げが個人の購買力、生活水準、あるいは企業の収益環境などにどの程度の影響を与えるかは、今後の物価動向によって決まる。この点から、国民生活の向上を最終的に目指すのであれば、名目所得・名目賃金の目標を掲げることは必ずしも正しくはないだろう。
こうした点から自民党が実質1%の賃金上昇率という目標を掲げている点は評価できるが、それをどうやって達成するかといった処方箋が示されてない点が問題だ。現在、実質賃金上昇率のトレンドは年間+0%台半ば程度であると見られるが、それを+1%程度にするには、同じくトレンドが+0%台半ば程度であると見られる労働生産性上昇率を+1%程度にまで引き上げることが必要だ。
最低賃金の目標を掲げる党が多いが、急激な最低賃金の引き上げは、企業収益を悪化させ、零細企業の破綻を誘発することを通じて、労働者の雇用や所得の安定を損ねてしまうリスクがある点にも配慮が必要だろう。
また最低賃金の引き上げが個人の購買力、生活水準、あるいは企業の収益環境などにどの程度の影響を与えるかは、今後の物価動向によって決まる。この点から、国民生活の向上を最終的に目指すのであれば、名目所得・名目賃金の目標を掲げることは必ずしも正しくはないだろう。
こうした点から自民党が実質1%の賃金上昇率という目標を掲げている点は評価できるが、それをどうやって達成するかといった処方箋が示されてない点が問題だ。現在、実質賃金上昇率のトレンドは年間+0%台半ば程度であると見られるが、それを+1%程度にするには、同じくトレンドが+0%台半ば程度であると見られる労働生産性上昇率を+1%程度にまで引き上げることが必要だ。
日本経済の活力を取り戻すための最適な成長戦略、構造改革を競う場に
それを実現する具体策、いわゆる成長戦略、構造改革を自民党は示して欲しい。また、日本経済の潜在力を高める政策を各党とも示して欲しい。さらに、将来の日本経済をどのようなものにするのかという国家観を提示した上で、それを達成する成長戦略、構造改革の優劣を各党間で競ってほしいところだ。
石破首相は、少子化対策、東京一極集中の是正と結びついた地方創生を掲げている。自民党の公約でもその具体策を提示してほしかった。さらに、労働生産性向上には、政府の労働市場改革が必要であり、それが成果を挙げるためには俸給制度のジョブ型への転換やリスクリングの拡大など、企業や労働者の取り組みも合わせて必要となる。
政治だけに任せるのではなく、有権者も関わる形で取り組む、日本経済の活力を取り戻すための最適な成長戦略、構造改革を競う場として、選挙を位置付けるべきだ(コラム「参院選では物価高対策ではなく日本経済の活力を取り戻す成長戦略の優劣を競って欲しい」、2025年7月3日)。
石破首相は、少子化対策、東京一極集中の是正と結びついた地方創生を掲げている。自民党の公約でもその具体策を提示してほしかった。さらに、労働生産性向上には、政府の労働市場改革が必要であり、それが成果を挙げるためには俸給制度のジョブ型への転換やリスクリングの拡大など、企業や労働者の取り組みも合わせて必要となる。
政治だけに任せるのではなく、有権者も関わる形で取り組む、日本経済の活力を取り戻すための最適な成長戦略、構造改革を競う場として、選挙を位置付けるべきだ(コラム「参院選では物価高対策ではなく日本経済の活力を取り戻す成長戦略の優劣を競って欲しい」、2025年7月3日)。
プロフィール
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木内 登英のポートレート 木内 登英
金融ITイノベーション事業本部
エグゼクティブ・エコノミスト
1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。
※組織名、職名は現在と異なる場合があります。