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日本への相互関税を24%から25%に引き上げ

トランプ米大統領は米国時間7日正午(日本時間8日午前1時)過ぎから、貿易相手国に対して新たな関税率の通知を行った。その中で、日本に対しては新たに25%の相互関税を課し、8月1日から発効するとした。
 
トランプ政権は4月に世界185か国に対して相互関税を発表したが、その際には、日本には24%の相互関税率を示していた。その後、相互関税の上乗せ分(日本に対しては14%)は90日間の一時停止となり、その期限が7月9日に迫っていた。相互関税の上乗せ分の適用は、事実上1か月弱先送りされた形だ。
 
日本、韓国、マレーシア、カザフスタンには同水準の25%の相互関税率が新たに通知された。アジアという括りで同一水準の関税率が決められたようにも見えるが、当初24%であった日本への相互関税率が、その後日米間で協議を重ね、日本から一定程度の譲歩案を示す中で、わずかに1%であるが、当初の水準よりも高い関税率が示された。ここには、懲罰的な意味があるのではないか。トランプ大統領は、協議を通じて日本が25%の自動車追加関税の撤廃あるいは大幅引き下げを求めていることに強い不満を抱いたと考えられる。それ以外にも、日本が米国の農産物、自動車の輸入の拡大で大幅な譲歩をしないことにも不満を抱いた可能性もある。
 
トランプ大統領は日本への書簡の中で、現状の2国間の貿易関係は「相互主義(Reciprocal)からはほど遠い」「25%という数字では、日本との貿易の不均衡を是正するにはほど遠いことを理解してほしい」とした。
 
さらに、日本が米国に報復関税を発動すれば関税率をさらに引き上げると牽制する一方、「日本がこれまでの閉鎖された市場を開放し、関税や非関税障壁を取り除くなら、我々は修正を検討する。関税率はあなたの国との関係次第で上がりも下がりもするだろう」と説明した。

日本のGDPへの影響は現状の-0.47%から-0.85%へ拡大

現在の追加関税が日本のGDPに与える影響は-0.47%(1年程度の短期間)と試算される。このうち自動車・自動車部品への25%の関税の影響が-0.19%、鉄鋼・アルミへの50%の関税の影響が-0.03%、10%の相互関税の影響が-0.25%であり、合計で-0.47%となる。
 
相互関税が25%に引き上げられると、その影響は-0.63%となり、関税全体のGDPへの影響は-0.85%となる。これが適用されると、来年にかけて日本経済が緩やかながらも景気後退局面に陥る確率は50%を大きく超えると見込まれる。

対日貿易赤字解消を受け入れれば日本のGDPは直接効果で1.4%、波及効果も含めれば1%台後半の減少に

日本は新たな相互関税が発動する8月1日の期限に向けて、米国との関税協議を続けることになる。ただし、それは7月20日の参院選直後のタイミングとなる。選挙結果次第では連立政権の枠組み見直しに向けた調整が与野党間で行われる可能性があり、その場合には日米関税協議を進めることは難しくなるだろう。
 
現在の政権の枠組みが維持され、日米協議が進められる場合には、日本は米国に対して新たな譲歩策を提示することが求められる。その中には、米国が求めたとされる対米自動車輸出の自主規制も含まれる可能性が出てくるかもしれない(コラム「日米関税協議は延長か打ち切りか:日本の自動車輸出自主規制も議論に」、2025年7月4日)。1981年に実施された対米自動車輸出の自主規制は、3年間の輸出台数を年間182万台から168万台へと約8%減らすものだった。これは、25%の関税による自動車輸出台数の減少率と比べて、2分の1から3分の1程度にとどまる計算であることから、選択肢になる可能性もある。
 
ところでトランプ大統領が2国間交渉で最終的に求めているのは米国の貿易赤字の解消だ。第1回目の日米関税協議では、トランプ大統領は日本に対して対日貿易赤字をゼロにしたい、と伝えていた。
 
2024年に8.6兆円であった日本の対米貿易黒字をゼロにすれば、日本のGDPは直接効果で-1.4%減少し、波及効果も含めれば1%台後半の減少となることが見込まれる。
 
仮に25%の相互関税が新たに課せられれば、関税全体のGDPへの影響は-0.85%となる計算だが、日本の対米貿易黒字をゼロにするほどの大幅譲歩をする場合と比べて、その経済的な打撃は半分程度と試算される。ちなみに、日本の貿易黒字をなくすのに必要な関税率は60%程度となる計算だ。
 
この点から、日本はトランプ大統領が望む対米貿易黒字をゼロにするような大幅譲歩を示すのではなく、今まで通りに追加関税全体の撤廃あるいは大幅引き下げを求めて、トランプ政権と粘り強く交渉を続けるべきだ。また、他国とも連携して、追加関税策の不当性をトランプ政権に対して主張し、修正を求めることも必要だろう。

トランプ政権自らが関税率を縮小方向で見直す可能性

トランプ政権が新たに示した相互関税が米国経済に与える悪影響を懸念して、7日のダウ平均株価は一時600ドルを超える大幅下落となった。他方、長期金利は上昇した。長期金利の上昇は、相互関税による米国での物価高を懸念するとともに、トランプ政権が相互関税で自ら米国経済を悪化させることを受けて、米国債への信認低下、海外資金のドル離れを反映している面もあるだろう。4月にトランプ政権が相互関税を発動した際には金融市場が動揺し、相互関税上乗せ分の90日間の一時停止に追い込まれた。同様の金融市場の動揺が再び起きつつある可能性も考えられる。
 
トランプ関税の影響は、今後物価高を通じて、米国経済に打撃を与えるだろう。その結果、米国内でトランプ関税に対する批判が高まることが予想される。それと同時に、株価下落や長期金利上昇といった金融市場の悪い反応が引き起こされ、それもトランプ関税に対する国内での批判を一層高めることになるだろう。
 
トランプ政権は、それらを受けて、早ければ秋にも自ら関税を縮小方向で見直す可能性があるのではないか。こうした点も踏まえ、日本は日米関税協議で拙速に大幅な譲歩をするべきでなく、引き続き粘り強い交渉を続けることが望まれる。
 
(参考資料)
「トランプ氏、日本と韓国に新関税25%通告 交渉期限8月1日に延長」、2025年7月8日、日本経済新聞電子版
「<トランプ政権>トランプ関税、日本は25% 8月1日から 車や鉄鋼以外の全輸入品」、2025年7月8日、毎日新聞速報ニュース 

プロフィール

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    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。