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ステーブルコインの規制整備に関するGENIUS法が成立

米議会では、ドルなどの法定通貨や商品(コモディティ)と価値が連動するように設計された暗号資産(仮想通貨)「ステーブルコイン」の規制整備に関する法案の審議が進められてきた(コラム「米国で進むステーブルコインの規制整備(1):GENIUS法案の概要とステーブルコインを巡る競争」、2025年6月27日)。

GENIUSと呼ばれるこの法案を提出したのは、第1次トランプ政権で駐日米大使を務めた暗号資産推進派の共和党のハガティ上院議員である。6月17日に議会上院を通過し、7月17日に下院でも可決した。そして18日にトランプ大統領が署名して同法は成立した。

情報サイトのコインマーケットキャップによると、ドル建てのステーブルコインの時価総額は、現在2,600億ドル(38兆円)である。同法の成立がきっかけとなりステーブルコインの利用が拡大すれば、今後数年間でさらに2兆ドル規模に拡大するとの見方もある。

同法では米国人の使用を目的としたステーブルコインを発行できるのは、米当局の認可を受けた事業者のみと定めた。発行額が100億ドル(約1.5兆円)以下の事業者は州の規制を受け、それ以上は連邦政府の監視下に置かれる。

発行者には発行するステーブルコインと同額の米ドルや短期米国債など流動性の高い資産を裏付けとして持つことを義務付け、その準備資産の保有状況の詳細を毎月開示することを求める。

ステーブルコインには、その裏付けとなる準備資産を持たず、アルゴリズムで価格の安定を図るタイプもある。しかしそのアルゴリズム型の「テラUSD」が2022年に一時8割近い暴落を演じ、のちに廃止となった。この件を受けて、同法では準備資産の保有を義務付けたと考えられる。

ステーブルコインはクレジット決済をどの程度代替するか

ステーブルコインは、ビットコインなど価格変動が激しい暗号資産に投資する際の準備資産、決済手段として利用されている。しかし今後は、小売店での買い物の支払いなどにその利用が広がることが期待される。同法の成立でステーブルコインの利用が拡大することを見越して、ウォルマートやアマゾン・ドット・コムなどの小売り大手が既にステーブルコインの発行を準備している。
 
米国の小売店での支払いでステーブルコインの利用が広がれば、それはクレジットカードでの支払いを一定程度代替することが考えられる。クレジットカード支払いを受け入れる加盟店は、銀行などのカード発行会社に手数料を支払う必要があるが、ステーブルコインでの支払いであれば節約できる。それは、銀行の収益を減少させることになるため、大手銀行も大手小売りに対抗してステーブルコインの発行を検討している。
 
ただし、ステーブルコインの発行が乱立する場合、それぞれを利用できる店舗が限られ、利用者の利便性が高まらないという相互運用性の問題が生じるだろう。その結果、ステーブルコインがクレジットカード支払いを大きく代替することには至らない可能性もある。
 
中銀デジタル通貨(CBDC)であれば、すべての店舗で利用できるようになることからこの相互運用性の問題は生じない。しかし民間が発行するステーブルコインでは、その問題を乗り越えることは簡単ではないだろう。

ステーブルコインでドル覇権の維持を狙うトランプ政権

トランプ大統領は、ホワイトハウスで行われた署名式典で、決済や送金の高速化やコスト低減につながるステーブルコインについて、「インターネットの誕生以来、金融技術における最大の革命となるかもしれない」と指摘した。そのうえで、国際金融と暗号資産技術における米国支配を固める大きな一歩だ」とも指摘した。ドルが基軸通貨の地位を失えば「世界大戦に負けるようなものだ」とし、国際金融秩序でのドルの優位を盤石にする考えを改めて示したのである。
 
つまり、トランプ政権は、ドル建てのステーブルコインを国際決済でも利用を拡大させ、グローバルにドルの利用、ドルの需要を拡大させて、ドルが基軸通貨の地位、ドル覇権を維持するための手段とする考えだ。

GENIUS法成立はCBDC構想との決別を意味するか

ところで、国内でのデジタル決済の拡大、グローバルなデジタル通貨によるドル決済の拡大を促す手段としては、デジタルの法定通貨である中銀デジタル(CBDC)も考えられる。しかし、トランプ政権はプライバシー侵害の恐れがあるなどの理由でそれに反対している。
 
米議会は「反CBDC監視国家法案」を17日に下院で可決した。GENIUS法案の成立は、米国のCBDCとの決別を意味しており、CBDC発行を検討している欧州や日本での議論にも影響を与えるだろう。
 
ただし、ステーブルコインの匿名性は、マネーロンダリング(資金洗浄)やテロなどの犯罪行為への利用を防ぐことを難しくさせる面がある。この点から、ドル建てのステーブルコインの国際決済での利用がどの程度拡大するかについては、現時点ではまだ見通せない。
 
(参考資料)
「米ステーブルコイン法が成立、トランプ氏「ドル基軸を維持」」、2025年7月19日、日本経済新聞電子版
「ステーブルコインは「通貨」になるか 米新法が変える金融ビジネス」、2025年7月19日、日本経済新聞電子版
「トランプ米大統領:仮想通貨の一種、米が規制法整備 ステーブルコイン」、2025年7月20日、毎日新聞

プロフィール

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    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。