対米投資計画を巡るホワイトハウスのファクトシートの記述は問題
米国時間22日にトランプ大統領が発表した日米関税合意には、日本から米国への5500億ドル(約80兆円)の対米投資が含まれた。ホワイトハウスが同日に発表したファクトシートによると、その対象は米国政府、トランプ大統領が主導して決め、米国産業の再生のために実施されるもの、との趣旨が記されている。それは、日本が米国に従属し、米国のために資金を贈与するかのような印象を与えるものとなっている(コラム「日米関税合意とホワイトハウスのファクトシートの問題点」、2025年7月25日)。
しかしそれは事実とは考えにくい。トランプ政権が日本側の提案を誤解しているか、あるいは国内向けに意図して事実でない情報を発表しているかのどちらかではないか。さらに、対米投資から得られる利益の9割が米国に帰属する、とのファクトシートでの説明も不可解なものだ。
5500億ドルの投資は日本の民間企業が決めることであり、それが実現するかどうかは企業次第である。5500億ドルはその実現が約束されたものではない。トランプ政権が関税を一方的に海外に押し付けるなど、海外企業に対して米国ビジネスへのリスクを高める姿勢を取る限り、日本企業は従来よりも対米投資に慎重になる可能性もある。
対米投資は、日本の民間企業が決めるものであるが、国際協力銀行(JBIC)や日本貿易保険(NEXI)といった政府系金融機関が、出資・融資・融資保証の3つの手段でそれを支援する。5500億ドルとは、その3つの手段による支援額の上限を意味するのだろう。
しかしそれは事実とは考えにくい。トランプ政権が日本側の提案を誤解しているか、あるいは国内向けに意図して事実でない情報を発表しているかのどちらかではないか。さらに、対米投資から得られる利益の9割が米国に帰属する、とのファクトシートでの説明も不可解なものだ。
5500億ドルの投資は日本の民間企業が決めることであり、それが実現するかどうかは企業次第である。5500億ドルはその実現が約束されたものではない。トランプ政権が関税を一方的に海外に押し付けるなど、海外企業に対して米国ビジネスへのリスクを高める姿勢を取る限り、日本企業は従来よりも対米投資に慎重になる可能性もある。
対米投資は、日本の民間企業が決めるものであるが、国際協力銀行(JBIC)や日本貿易保険(NEXI)といった政府系金融機関が、出資・融資・融資保証の3つの手段でそれを支援する。5500億ドルとは、その3つの手段による支援額の上限を意味するのだろう。
政府系金融機関の出資による利益の9割が米国政府に支払われる?
赤澤大臣は、この3つの手段のうち、政府系金融機関の出資が全体の1%~2%になると説明している。トランプ政権が言う利益とは、この出資部分に限られる。赤澤大臣は「出資の部分は80兆円の1~2%の話であり、そこから利益がどのくらい上がるかというと数百億円の下の方」と語っている。そのうえで、「日本から米国にキャッシュが飛び、9割を取られて奴隷国家になるみたいな話は的外れで、とんちんかんの極みだ」と述べている。
他方、日本が当初提案した利益配分は日米で5対5であったが、トランプ大統領の求めに応じて9対1に修正した、との主旨を赤澤大臣は話している。9対1という数字が米国に有利であることは間違いではないとし、「大統領が国内向けに『取った』と言うのはあってしかるべき」とも述べている。
この発言からは、対米投資のなかでJBICなどが出資したプロジェクトについては、そこから得られた9割は米国に支払われる、と読むことが可能だ。しかしこれが事実であるとすれば大きな問題だろう。
政府系金融機関は政府の出資によって設立され、公共性と政策目的に沿った活動を行う組織だ。あくまでも、日本の国益に資するための組織である。JBICの場合には、日本企業の海外展開やインフラ事業支援を通じて、日本の国際競争力を強化することが目的である。その剰余金については、一定割合を国庫に納付することが義務づけられており、政府が管理する特別会計や基金に一定の利益を繰り入れることもある。
本来政府の歳入になるはずの資金が仮に米国政府に支払われるのであれば、日本の財政資金を米国政府に贈与することに等しくなり、その分、日本国民の負担を高めることになる。これは国益を損ねてしまうことになるのではないか。
他方、日本が当初提案した利益配分は日米で5対5であったが、トランプ大統領の求めに応じて9対1に修正した、との主旨を赤澤大臣は話している。9対1という数字が米国に有利であることは間違いではないとし、「大統領が国内向けに『取った』と言うのはあってしかるべき」とも述べている。
この発言からは、対米投資のなかでJBICなどが出資したプロジェクトについては、そこから得られた9割は米国に支払われる、と読むことが可能だ。しかしこれが事実であるとすれば大きな問題だろう。
政府系金融機関は政府の出資によって設立され、公共性と政策目的に沿った活動を行う組織だ。あくまでも、日本の国益に資するための組織である。JBICの場合には、日本企業の海外展開やインフラ事業支援を通じて、日本の国際競争力を強化することが目的である。その剰余金については、一定割合を国庫に納付することが義務づけられており、政府が管理する特別会計や基金に一定の利益を繰り入れることもある。
本来政府の歳入になるはずの資金が仮に米国政府に支払われるのであれば、日本の財政資金を米国政府に贈与することに等しくなり、その分、日本国民の負担を高めることになる。これは国益を損ねてしまうことになるのではないか。
9割は民間企業の取り分を意味するか?
他方、9対1とは、日本企業が対米投資を行う際に、JBICなどが出資する場合、JBICが1割、民間企業が9割とし、その出資割合に応じて、民間企業が9割の利益を受ける、との解釈も可能ではないか。この場合、米国企業が含まれる可能性があるが、9割の利益を得るのは米政府ではなく、民間企業ということになる。この場合には国益が損なわれることにはならない。
赤澤大臣の説明を聞いても、対米投資の具体的なスキームは明らかではない。時間がかかってしまうということで、赤澤大臣はトランプ政権に正式な合意文書の作成を求めない、という姿勢を明らかにしている。
しかし合意内容次第では、国益を損ねてしまうリスクがある以上、透明性の観点から、正式な文書を作成すべきではないか。詳細な枠組みを明らかにする過程で、両国がそれぞれ国内向けに説明していることの食い違いが露呈され、それが原因で仮に合意が破談になるとしても、正式な文書を作成すべきだ。
赤澤大臣の説明を聞いても、対米投資の具体的なスキームは明らかではない。時間がかかってしまうということで、赤澤大臣はトランプ政権に正式な合意文書の作成を求めない、という姿勢を明らかにしている。
しかし合意内容次第では、国益を損ねてしまうリスクがある以上、透明性の観点から、正式な文書を作成すべきではないか。詳細な枠組みを明らかにする過程で、両国がそれぞれ国内向けに説明していることの食い違いが露呈され、それが原因で仮に合意が破談になるとしても、正式な文書を作成すべきだ。
プロフィール
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木内 登英のポートレート 木内 登英
金融ITイノベーション事業本部
エグゼクティブ・エコノミスト
1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。
※組織名、職名は現在と異なる場合があります。