総裁会見は金融市場が想定していたよりもハト派的なメッセージに
7月31日に開いた金融政策決定会合で、日本銀行は金融政策の維持を決めた。「先般の日米関税合意が日本銀行の金融政策に与える影響を見極めたい」、というのが金融市場の最大の関心事だった(コラム「日銀は関税の影響に対する警戒を1ノッチ引き下げ(金融政策決定会合):国内政治情勢と関税の内外経済への影響をなお見極める必要」、2025年7月31日)。
対外公表文では、トランプ関税に関して「不確実性はきわめて高く」との表現が「不確実性は高い状況が続いており」に修正され、警戒感をやや後退させた。また展望レポートでは2025年度の物価見通しが大幅に上昇修正され、物価見通しのリスクバランスの判断が下方から中立へと引き上げられた。
日本銀行が利上げに前向きになっている、というタカ派的なメッセージとして金融市場はこれらを受け取った。
ところがその後に行われた記者会見での植田総裁の説明は、金融市場が想定していたよりもハト派的であり、早期利上げ観測に水を差すものとなった。決定会合を受けて1ドル149円台半ばから148円台半ばに円高に振れていたドル円レートは、記者会見を受けて一時149円台後半まで円安が進んだ。
対外公表文では、トランプ関税に関して「不確実性はきわめて高く」との表現が「不確実性は高い状況が続いており」に修正され、警戒感をやや後退させた。また展望レポートでは2025年度の物価見通しが大幅に上昇修正され、物価見通しのリスクバランスの判断が下方から中立へと引き上げられた。
日本銀行が利上げに前向きになっている、というタカ派的なメッセージとして金融市場はこれらを受け取った。
ところがその後に行われた記者会見での植田総裁の説明は、金融市場が想定していたよりもハト派的であり、早期利上げ観測に水を差すものとなった。決定会合を受けて1ドル149円台半ばから148円台半ばに円高に振れていたドル円レートは、記者会見を受けて一時149円台後半まで円安が進んだ。
4月以降の利上げの一時停止措置は日米関税合意後もなお続いている
植田総裁は、日米関税合意によって関税率の水準に関する不確実性は低下したが、高めの関税率が残ることは変わらない中、関税が内外経済に与える影響を見極めなければならないとし、早期利上げに否定的な説明をした。
トランプ政権の相互関税の発表と金融市場の混乱を受けて、4月の会合で日本銀行は2%の物価目標達成が後ずれするとの見通しを示し、事実上利上げを一時停止する考えを示した。利上げの一時停止措置は、日米関税合意後もなお続いていることが、植田総裁の説明から明らかになった。
関税の影響は年後半にかけて顕在化し、それによる成長率の下振れが2%に向かって上昇傾向にある基調的な物価上昇率が一時的に足踏みするとの見方を、日本銀行はなお維持している。今後発表されるハードデータで、関税が内外経済に与える影響と日本の企業収益、そして賃金に与える影響を見極める考えだという。そのうえで、経済の下振れが一巡し、基調的な物価上昇率の足踏みが終わって、再び基調的な物価上昇率が2%に向けた上昇を始めたことを確認した上で、利上げを実施する考えのようだ。
植田総裁は、関税が国内経済に与える影響だけでなく、米国経済に与える影響に注目しているように見える。米国の物価統計や雇用統計などを今後も注視するだろう。
トランプ政権の相互関税の発表と金融市場の混乱を受けて、4月の会合で日本銀行は2%の物価目標達成が後ずれするとの見通しを示し、事実上利上げを一時停止する考えを示した。利上げの一時停止措置は、日米関税合意後もなお続いていることが、植田総裁の説明から明らかになった。
関税の影響は年後半にかけて顕在化し、それによる成長率の下振れが2%に向かって上昇傾向にある基調的な物価上昇率が一時的に足踏みするとの見方を、日本銀行はなお維持している。今後発表されるハードデータで、関税が内外経済に与える影響と日本の企業収益、そして賃金に与える影響を見極める考えだという。そのうえで、経済の下振れが一巡し、基調的な物価上昇率の足踏みが終わって、再び基調的な物価上昇率が2%に向けた上昇を始めたことを確認した上で、利上げを実施する考えのようだ。
植田総裁は、関税が国内経済に与える影響だけでなく、米国経済に与える影響に注目しているように見える。米国の物価統計や雇用統計などを今後も注視するだろう。
日本銀行の基調的な物価上昇率という概念は分かりにくい
今回の記者会見では、日本銀行が説明する基調的な物価上昇率という概念の難しさも改めて浮き彫りとなった。コアCPIは前年比3%を超えるなかで、基調的な物価上昇率はまだ2%に達していないという日本銀行の説明は、一般の国民には容易に理解されるものではない。
物価高を抑えるために日本銀行が利上げをすべきとの意見も産業界から出ている。しかし植田総裁は、足もとの物価上昇率の上振れは、コメなど食料品価格によるところが大きい一方、それは一時的なものでありこの先は低下していく、との見通しを示している。
さらに、足もとの物価上昇率の上振れは供給側の要因によるものであり、需要側の要因によるものとは異なって、利上げで対応するのが適切ではない、との見方を植田総裁は示している。
物価高を抑えるために日本銀行が利上げをすべきとの意見も産業界から出ている。しかし植田総裁は、足もとの物価上昇率の上振れは、コメなど食料品価格によるところが大きい一方、それは一時的なものでありこの先は低下していく、との見通しを示している。
さらに、足もとの物価上昇率の上振れは供給側の要因によるものであり、需要側の要因によるものとは異なって、利上げで対応するのが適切ではない、との見方を植田総裁は示している。
日本銀行は「ビハイン・ド・ザカーブ」のリスクを明確に否定
さらに、物価高に対する日本銀行の対応が遅れることで、先々の物価上昇率の大幅な上振れやそれに伴う経済の混乱のリスクを高めてしまっているとの「ビハイン・ド・ザカーブ」の主張に対して、総裁は明確に否定している。これらは、常識的な判断と言えるだろう。
以上の点を踏まえると、日米関税合意を受けて、日本銀行の追加利上げ時期が大幅に前倒しされると予想するのは正しくないだろう。日本銀行と金融市場の対話は引き続きぎくしゃくとしているが、筆者は、日本銀行の利上げ時期は今年12月の金融政策決定会合になる、との見方を維持する。
以上の点を踏まえると、日米関税合意を受けて、日本銀行の追加利上げ時期が大幅に前倒しされると予想するのは正しくないだろう。日本銀行と金融市場の対話は引き続きぎくしゃくとしているが、筆者は、日本銀行の利上げ時期は今年12月の金融政策決定会合になる、との見方を維持する。
プロフィール
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木内 登英のポートレート 木内 登英
金融ITイノベーション事業本部
エグゼクティブ・エコノミスト
1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。
※組織名、職名は現在と異なる場合があります。