15%の新たな相互関税率と既存の関税率との調整に不確実性
しかし日本にとっては、なお大きな不確実性が残っている。15%の新たな相互関税率と既存の関税率との調整だ。日本政府は、既に15%未満の関税率がかかっている品目については相互関税と合わせて15%に関税率が引き上げられ、15%以上の関税率がかかっている品目については、相互関税率の15%は上乗せされない、との合意が米国との間で成立したと説明している。
しかし7月31日に発表された新たな相互関税の大統領令やその他の米税関当局の文書や官報にも、この日米合意に関する記述はない。ところが日本の後に米国との関税合意を成立させた欧州連合(EU)については同様の措置が講じられることが、大統領令の文書に記されている。訪米中の赤澤大臣は、この点についてトランプ政権に確認している。
仮に既存の関税率に15%の相互関税が上乗せされれば、米国に輸出する牛肉への関税率は、現在の26.4%から41.4%に引き上げられる。
医薬品、半導体の関税率にも不確実性
日本政府は、医薬品、半導体の関税率について、「日本を他国に劣後する形で扱わない」ことで日米が合意した、と説明している。いわゆる最恵国待遇だ。
一方、EUと米国との関税合意に関わる米国政府の公表文書(ファクトシート)では、「EUは自動車や自動車部品、医薬品、半導体を含めて米国に15%の関税率を支払う予定」と記されている。これについて、新たに分野別関税が課される医薬品、半導体についても、EUへの関税はトランプ政権が示唆しているそれぞれ250%、100%ではなく、ともに15%になるとの解釈ができる。
両者を組み合わせれば、医薬品、半導体の関税率について、日本は15%以下が適用されることになる、と言うのが日本政府の解釈だ。ところが、「日本を他国に劣後する形で扱わない」こと、医薬品、半導体の関税率については、7月23日に米国政府が公表した日米関税合意についてのファクトシート、新たな相互関税の大統領令の文書にも記載がない(コラム「トランプ大統領が半導体に100%関税を課す考えを示す:日本のGDPを最大で0.14%押し下げる可能性」、2025年8月7日)。
新しい相互関税が発効しても残る日米間の認識のずれ
さらに、5,500億ドルの対米投資計画については、日米間の見解は大きく開いている。この点から、新しい相互関税が発効してもなお、日米の関税合意は成立したとは言えないのではないか。両国に大きな認識の差が残されたままでは、トランプ政権が日本は合意内容を履行していないとして合意を破棄し、25%の高い関税をかける可能性があるなど、将来に禍根を残してしまう。
日米関税合意については、日米政府間での認識の差を解消し、両国の正式な文書で合意内容を確認することが重要だ。
インドには25%の関税を上乗せ
さらに、新たな税率での相互関税を前にして、トランプ大統領は、インドに25%の追加関税を課す大統領令(ロシア連邦政府による米国に対する脅威への対応)に署名した。インドへの追加関税は7日に発効した25%の相互関税に上乗せされ、インドへの追加関税は合計で50%となった。これには、ロシア産原油などを購入していることに対するインドへの懲罰の意味がある。いわゆる2次関税だ。
しかし、この大統領令の文書には、同じようロシア産原油などを購入している中国に対する言及はない。レアアースの輸出規制という大きな弱みを握られているトランプ政権が中国には強く出られないのか、あるいは今後、追加関税措置を中国にも適用するかは明らかではない。
いずれにせよ、トランプ政権がインドと同様に現在30%の関税を課している中国からの輸入品全体に上乗せ関税をかければ、延長して協議を続けている米中関税協議を中国が中止する可能性があることから、その可能性は低いだろう。
(参考資料)
「米相互関税、7日午後1時1分に発動へ 日米で軽減措置の食い違いなお」、2025年8月7日、日本経済新聞電子版
プロフィール
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木内 登英のポートレート 木内 登英
金融ITイノベーション事業本部
エグゼクティブ・エコノミスト
1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。
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