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中国に対して強く出られないトランプ政権

トランプ米大統領は11日に、中国に対する関税停止措置をさらに90日間延長する大統領令に署名した。5月の米中関税合意で、両国はお互いの関税率を115%ずつ引き下げ、それぞれ30%と10%にすることで合意した。米国が中国に適用している30%の関税率は、合成麻薬フェンタニルへの対応が問題であるとして課している20%の一律関税と、4月に発表した34%の相互関税のうち一律部分の10%の合計だ。
 
ただし、これは90日間の時限措置であり、期限が過ぎて8月12日に失効すれば、米国が当初発表した、34%の相互関税のうち上乗せ部分の24%が適用され、米国から中国への関税率は合計で54%の関税率となる予定だった。
 
延長の期間中に米国は、中国に対する合成麻薬フェンタニルに関連した制裁関税継続の是非、中国がロシア産やイラン産原油を購入していることへの制裁措置の是非を検討する。
 
同様にロシア産原油などを購入しているインドに対しては、いわゆる2次関税として、25%の関税を上乗せする大統領令(ロシア連邦政府による米国に対する脅威への対応)にトランプ大統領は署名している(コラム「新たな相互関税の発効後も大きな混乱が続く」、2025年8月7日)。
 
しかしロシア産原油を購入する中国に対しては、上乗せ関税措置をとっていない。レアアースの輸出規制という大きな弱みを握られているトランプ政権は、中国に対しては強く出られないのだろう。

半導体輸出再開を認める見返りにエヌビディアに売上の15%の支払いを求める

トランプ政権が中国に対して強気に出られず、一定の配慮をせざるを得ないことが背景の一つと考えられるのが、トランプ政権がエヌビディアとアドバンスト・マイクロ・デバイス(AMD)に対して中国向け半導体輸出再開を認め、その見返りに売り上げの15%の支払いを求める異例のディールを行ったことだ。
 
バイデン前政権は2022年に、中国が米国製半導体を軍事転用されているとして、安全保障上の観点から先端半導体の対中輸出規制を開始した。他方、エヌビディアやAMDは性能を意図的に低下させて、先端半導体の基準に満たない半導体の輸出を続けた。
 
トランプ政権は4月に、こうした半導体も輸出規制の対象としたが、7月には一転して輸出を認める方針を示した。その見返りとして半導体メーカーに求めたのが今回の措置だ。
 
その対象となるのは、エヌビディアのAI半導体「H20」とAMDの「MI308」である。AI半導体「H20」はエヌビディアの最新型「ブラックウェル」の前の世代の製品で、性能が劣る。トランプ大統領は最先端の「ブラックウェル」についても、演算能力を30~50%低下させれば輸出を認める、との考えを示している。

国家の安全保障をリスクに晒し、悪しき前例となってしまう可能性も

 「H20」の対中国輸出再開を、中国側はやや警戒的に受け止めている。中国国営中央テレビ(CCTV)系のインターネットメディア「玉淵譚天」は、エヌビディアの半導体がハードウエアのバックドア(裏口)を通じて、遠隔操作などの機能を利用できると主張し、セキュリティ上の懸念を示している。
 
米政府が、企業に対して売上の一部を上納することを条件にして輸出規制を認めることは異例である。米政府は対米半導体輸出規制は国家安全保障上重要であると説明してきたが、企業が政府にお金を支払うことを条件に、国家の安全保障をリスクに晒すことになってしまう。それは国益を損ねることになるだろう。
 
また、今後も様々な規制措置が企業の支払いによって取引されるようになることの悪しき前例となってしまう可能性もある。このような点から、今回の措置は大きな問題を抱えている。
 
(参考資料)
「エヌビディア「H20」は安全保障上の懸念=中国国営メディア」、2025年8月10日、ロイター通信」
「トランプ氏、エヌビディア先端品の対中輸出「可能性ある」 米報道」、2025年8月12日、日経速報ニュース
「トランプ政権、半導体の中国輸出許可に見返り要求 企業にもディール」、2025年8月12日、朝日新聞速報ニュース
「米、対中半導体「異例の合意」―輸出再開巡り波紋広がる」、2025年8月12日、共同通信ニュース
「米政権、NVIDIAに「上納金」課す 対中輸出で半導体売上高15%を要求」、2025年8月12日、日本経済新聞電子版

プロフィール

  • 木内 登英のポートレート

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。