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7月コアCPIは事前予想通りの上昇率

米連邦準備制度理事会(FRB)の今後の金融政策を占う観点から注目を集めていた7月米消費者物価指数(CPI)が、12日に発表された。
 
食品とエネルギーを除いたコアCPIは前月比+0.3%と2か月連続で加速した。前月比上昇率は2025年1月の同+0.4%以来の水準である。ただし、これは概ね事前予想通りだ。
 
注目されるのは、財コア(除く食料・エネルギー)は前月比+0.2%と前月と同水準にとどまる一方、サービスコア(除くエネルギー)が前月比+0.4%と上振れたことだ。特に運輸サービス、医療サービスの価格上振れが目立っている。つまり、コアCPIの上振れは、財価格に表れる関税の影響ではなく、労働需給のひっ迫を背景にした賃金上昇などの影響を受けたものと考えられる。

高まる9月のFOMCでの利下げ観測

7月雇用統計で雇用者増加数は事前予想を下回ったうえ、過去2か月の数字が大幅に下方修正された(コラム「7月米雇用統計は予想を大幅に下回り利下げ観測が強まる:トランプ政権の政治介入が金融政策と経済データへの信認を大きく損ねる」、2025年8月4日)。注目されていた7月CPIが予想通りの値となったことで、9月16・17日の米連邦公開市場委員会(FOMC)での利下げ観測が一層強まった。
 
現時点で、金融市場は9月のFOMCでの0.25%の利下げを90%程度の確率で織り込んでいる。さらに、0.5%の利下げ観測も浮上している。
 
ベッセント財務長官は12日に、FRBは9月のFOMCで0.5%の利下げを行うかどうか、真剣に検討すべきだ、と述べている。
 
トランプ政権は、任期満了前に辞任したクーグラー理事の後任にミラン経済諮問委員会(CEA)委員長を指名したが、ミラン氏が上院で早期に承認されて次回9月のFOMCに参加する場合には、前回7月のFOMCで利下げを主張したウォラー理事、ボウマン副議長とともに、FOMC参加者のコンセンサスを利下げ方向に大きく誘導することも予想される。
 
8月21~23日に米国のワイオミング州で開かれる経済シンポジウム「ジャクソンホール会議」でパウエル議長が利下げを示唆する可能性も考えられる。

経済統計の信頼性が損なわれる

9月16・17日のFOMCでの決定には、その前に発表される8月分雇用統計、8月分CPIが大きな影響を与えるだろう。ただし、8月分雇用統計については、その信頼性について、FRBや金融市場は疑念を拭えないのではないか。
 
トランプ大統領は、雇用統計での5月、6月分の雇用者数の大幅下方修正は、トランプ政権に打撃を与えるための政治的意図を持ったもの、と根拠なく主張し、雇用統計を発表する労働統計局(BLS)の局長を解任した。
 
後任に任命された保守派シンクタンク、ヘリテージ財団のアントニー氏は、雇用統計の精度の問題を指摘しており、「月次雇用統計の発表を停止し、より正確な四半期データの公表を続けるべきだ」と提案している。
 
8月分の雇用統計で雇用者数が仮に上振れても、それはBLSがトランプ大統領に配慮して数字を操作した結果、と金融市場は受け止める可能性がある。トランプ大統領はBLSの局長解任によって、経済統計の信頼性を著しく損ねてしまったのである。これは、FRBの金融政策を難しくし、金融市場のボラティリティを高めることになる。

利下げ観測は米株よりも日本株に追い風:「いいとこどり」で株高の持続性に疑問も

日経平均株価は12日に、最高値を更新した。13日も株価の上昇は続いている。その背景にあるのは、国内要因というよりも、米国での利下げ観測の高まりと、それを受けた国内長期金利の低下、安定だろう。
 
現状では、FRBの利下げ観測の高まりは、日本株の強い逆風となりえる顕著なドル安円高要因とはなっていない。FRBが利下げを実施することで、米国経済の下方リスクが軽減される、との楽観論が背景にあるからだろう。
 
しかしこの先米国で、関税の影響などから経済の下振れと物価の上振れ傾向がより明らかになり、スタグフレーションの傾向が強まれば、米国金融市場の楽観論は後退するだろう。さらに、次期FRB議長の人事と関連してトランプ政権がFRBへの政治介入を一段と強めれば、FRBの政策信認の低下が利下げとともにドル安傾向を後押しするだろう。
 
FRBの利下げ期待の高まりは、本家の米国株以上に日本株に追い風となっているのが現状だ。日本株は、金融相場の様相を強めている。しかし、FRBの利下げ観測が強まる一方、米国経済に対する比較的楽観的な見方が続き、また円高傾向も目立って生じていないという、いわば「いいとこどり」の現在の状況が長続きすると考えるのは、楽観的過ぎるのではないか。
 
近い将来、米国経済の悪化懸念と円高進行が日本株の逆風となる状況へと事態が一変する可能性も考えておきたい。

プロフィール

  • 木内 登英のポートレート

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。