&N 未来創発ラボ

野村総合研究所と
今を語り、未来をみつめるメディア

トランプ一族のトークンが市場で取引を開始

トランプ米大統領の一族が運営する暗号資産(仮想通貨)企業ワールド・リバティー・ファイナンシャル(WLF)が発行するトークンWLFIの取引が、1日に開始された。
 
トランプ大統領は、昨年9月の大統領選の終盤にこのWLFのプロジェクトを発表した。WLFは分散型金融(DeFi)のプラットフォームで、米ドルに連動する独自ステーブルコイン「USD1」も発行している。
 
WLFはドルの基軸通貨としての地位強化、分散型金融の民主化、Web3の普及促進などを理念に掲げているが、実態はトランプ一族のブランド力と政治的影響力を利用したビジネスと指摘されている。
 
WLFIは昨年の大統領選挙期間中に非譲渡型ガバナンストークンとして発行され、運営費用をまかなう3,000万ドルを除いた総額の75%が、トランプ大統領とその一族に渡ったと指摘された。その後、トランプ一族は利益確定に動いて、WLFIを売却したとされ、現時点で、トランプ氏本人を含むトランプ一族は、発行済みWLFIの4分の1弱を保有していると推計されている(コラム「米国で進むステーブルコインの規制整備(5):トランプ政権の暗号資産支援と深刻な利益相反の問題」、2025年8月8日)。
 
ただし今までは、WLFIをWLFから購入した個人は、それを売買することができなかった。それが今回、市場で価格がつき、交換できるようになった。従って、1日の取引開始は株式で言えば新規株式公開(IPO)に似たものであり、個人はWLFIを上場企業の株式のように公開市場で売買できるようになったのである。
 
WLFによると、創業者とチームメンバーのWLFIは「ロック」されたままで、市場で売却できない状態になっている。しかし今回の取引開始により、彼らが保有するWLFIについても市場価格が決まる形となった。

暗号資産取引所では1日にWLFIの取引が急増し、データサイトのコインマーケットキャップによれば1時間以内に約10億ドル相当が取引されたという。一方価格については、暗号資産取引所のバイナンスでWLFIは約0.3ドルで取引を開始し、その後1日を通じて0.2ドル近くまで下落した。それでも初期価格の0.015ドルから価格は大幅に上昇しており、それを保有するトランプ一族の資産は大きく増加しているとみられる。

深刻な利益相反との指摘は止まず

WLFIを含むWLFのプロジェクトから、トランプ一族は巨額の資金を得ているとされるが、ロイター社は、昨年WLFが創設されて以来、トランプ一族は約5億ドルを得たと推定している。また、暗号資産関連業者との密接な関係、いわゆる癒着の可能性も指摘されており、ウォール・ストリート・ジャーナル紙は、WLFが発行する米ドル連動型ステーブルコイン「USD1」の市場は主にバイナンスによって支えられているが、同社の創業者はトランプ大統領に恩赦を求めていると報じている。
 
トランプ一族のWLFは、トランプ政権が推進する暗号資産業界の支援、推進を通じて大きな利益を得ており、「利益相反」の問題が指摘されていた。ホワイトハウスのキャロライン・レビット報道官は「大統領もその家族も、利益相反に関与したことはなく、今後も決して関与することはない」と説明している。
 
しかし、トランプ大統領の息子のエリック・トランプ氏は、WLFの親会社「WLF Holdco LLC」の取締役会メンバーであり、プロジェクトの共同創設者として名を連ねている。
 
トランプ政権の暗号資産の支援策が、トランプ一族の私財を増やすことになり、深刻な利益相反を生んでいるとの批判は収まらない。
 
(参考資料)
「トランプ一族、暗号資産「WLFI」の取引開始」、2025年9月2日、ウォール・ストリート・ジャーナル日本版
「「無限のマネーグリッチ」で稼ぐトランプ一族」、2025年8月26日、ウォール・ストリート・ジャーナル日本版

プロフィール

  • 木内 登英のポートレート

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。