&N 未来創発ラボ

野村総合研究所と
今を語り、未来をみつめるメディア

ベージュブックは米国経済の低成長を示唆

米連邦準備制度理事会(FRB)は9月3日に、地区連銀経済報告(ベージュブック)を公表した。これは、関税などの影響により米国経済の下振れリスクが高まっていることを裏付ける内容と考えられる。
 
12地区のうちほとんどで、前回7月の報告時と比べて経済活動はわずかにしか、あるいはほとんど変わらず、4地区は緩やかな成長(modest growth)と報告している。これは、今の瞬間、米国経済がかなりの低成長の状態にあることを示唆している。
 
個人消費の弱さが目立っており、すべての地区で個人消費は横ばいか低下している、と報告された。賃金の上昇が物価の上昇に追いついていないことがその背景にある。物価はすべての地区で上昇が報告されているが、10地区では「緩やか」にとどまり、また残りの2地区では、関税の影響による「投入価格の強い上昇」が報告された。
 
物価上昇は、関税の影響による財の価格上昇に加えて、サービス部門でも目立っている。ニューヨーク連銀は、保険、光熱費などの上昇を報告している。
 
他方、小売業などは、価格に敏感な消費者のために値下げなどの販売促進策を講じており、関税分は生産・流通価格に転嫁されているものの、需要の弱さから、小売段階での価格転嫁は進んでいない。
 
一方、一部の地区では、AI導入を背景としたデータセンター投資が活発化しており、それが電力需要や不動産市場を押し上げる要因となっている。
 
トランプ政権が講じている関税策、連邦歳出削減、移民の流入規制と不法移民の国外退去などは、米国経済の逆風となっている。米国経済が景気後退に陥る可能性は引き続き高くないものの、明確な低成長に陥る「グロースリセッション」の可能性は高まってきているのではないか。

求人件数も大幅に減少

米労働省が3日に発表した7月の雇用動態調査(JOLTS)では、求人件数は718万1,000件と、前月から17万6,000件減少した。事前予想の平均は738万件程度だった。求人件数は10か月ぶりの低水準に落ち込む一方、解雇件数は増加しており、新型コロナウイルス問題以降、初めて失業者数が求人数を上回った。
 
この統計は、労働市場の悪化を示唆するものであり、予想以上に弱かった7月の雇用統計とも整合的だ。金融市場は9月5日に発表される8月分雇用統計への注目を強めている。過去に遡って大きく下方修正された7月分雇用統計を受けて、トランプ大統領は統計を担当する局長を解任した。8月分雇用統計が仮に上振れても、トランプ政権に対する配慮が反映されているとの見方が金融市場では浮上する可能性がある。こうした統計の信頼性が大きく揺らぐ中、雇用統計に対する金融市場の評価は定まらない可能性がある。
 
他方、予想比下振れた場合には、求人件数の弱さなどと合わせて、雇用情勢が想定以上に下振れているとの見方から、FRBの利下げ観測が一段と強まることになるだろう。
 
米国経済の下振れは、日本経済と日本銀行の金融政策にも大きな影響を与える。米国経済がグロースリセッションに陥れば、日本経済は緩やかな景気後退局面に入る可能性が高まるだろう。他方、追加利上げを事実上一時停止している日本銀行は、国内の経済、物価、賃金動向以上に関税による米国経済の悪化リスクにより注目している(コラム「不確実性を強調した日銀氷見野副総裁の講演:利上げの一時停止措置はしばらく続く」、2025年9月2日)。
 
米国経済、特に労働市場や個人消費の下振れの程度と持続性が見極められるまでは、日本銀行は様子見姿勢を維持するだろう。
 
(参考資料)
Beige Book (Summary of Commentary on Current Economic Conditions by Federal Reserve District)”, August 2025, Federal Reserve System 

プロフィール

  • 木内 登英のポートレート

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。