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8月米雇用統計では統計の信頼性も注目されていた

米労働省が9月5日に発表した8月雇用統計で、雇用者増加数は事前予想を下回り、雇用情勢の悪化が進んでいることを裏付けた。9月16~17日の次回米連邦公開市場委員会(FOMC)で、米連邦準備制度理事会(FRB)が昨年12月以来の利下げを実施する可能性はほぼ確実となった。
 
前回7月分雇用統計では、雇用者増加数は事前予想を下回り、さらに過去2か月にわたって雇用者数が大幅に下方修正された。これを受けてトランプ大統領は、政治的な理由で統計を操作したと根拠なく批判し、統計を担当する局長を更迭した。
 
その結果、雇用統計の信頼は低下した可能性がある。仮に8月雇用統計が上振れていれば、それは政治的な圧力をかけたトランプ大統領への忖度の結果である、との憶測がなされ、統計の信頼性に疑義がもたれただろう。ただし実際には8月雇用統計は弱い内容となったことから、この数字は額面通りに受け止められたとみられる。
 
雇用統計の年次改定の暫定値は9日に公表され、確定値は来年初めに示される予定だ。ここで、再び統計の信頼性が注目される可能性がある。

トランプ政権の経済政策の影響が表れる

8月の非農業部門雇用者増加数は前月比+2.2万人となったが、これは事前予想の平均値である+7.5万人を下回った。6月の雇用者は前月比-1.3万人と、当初の+1.4万人増から下方修正され、2020年12月以来の減少となった。7月分については、前月比+7.3万人から+7.9万人へとわずかに上方修正された。
 
過去3か月間の雇用者数の伸び平均は月間+2.9万人と、前年同時期の+8.2万人を大きく下回る。この前年同時期の数字は、FRBが昨年9月のFOMCで0.5%の大幅な利下げを実施した際に参照していたものに相当する。
 
関税の影響を受けやすい製造業の雇用者数は、前月比-1.2万人と減少した。その中でも自動車・自動車部品は-7,300人と前月の+2,000人から大幅な減少に転じた。建設も-7,000人と前月の-1,000人から減少幅を拡大させた。
 
政府部門の雇用者数は前月比-1.6万人となり、1月からの累計は-9.7万人となった。雇用者増加数の下振れは、関税に加えて、連邦職員のリストラ、不法移民の国外退去といったトランプ政権の経済政策の影響によるところが大きいと考えられる。

雇用情勢の悪化を示す統計に広がり

8月の失業率は4.3%と、前月の4.2%から上昇し、約4年ぶりの高水準に達した。失業率の上昇は再就職を目指して労働市場に戻ってきた人が増えるなど、労働供給の増加によるところもあるが、失業者数の増加も影響している。
 
恒久的に職を失った人の数は約4年ぶりの高水準に達した。また27週以上にわたって失業している長期失業者も2021年以来の水準に達し、経済的な理由でパートタイム労働に就いている人の数も増えている。全体的に雇用情勢が悪化していることは明らかだ。失業率の上昇は、黒人、ヒスパニック、若年層で特に際立っている。
 
8月の時間当たり平均賃金は前月比+0.3%と7月と同水準となった。ただし、前年比上昇率は+3.7%と7月の同+3.9%から下振れた。
 
雇用統計以外でも、求人件数などの統計でも雇用情勢の悪化は確認できる(コラム「米国経済はすでに低成長か:ベージュブックと求人件数」、2025年9月4日)。再就職あっせん会社チャレンジャー・グレイ・アンド・クリスマスが4日に発表した8月人員削減数は、同月としては2020年以来の高水準となった。9月に入っても削減の動きは企業の間で続いており、米エネルギー大手コノコフィリップスは3日に従業員の20-25%を削減する計画を明らかにしている。

9月の利下げはほぼ確実:8月CPIが次の大きな注目に

8月雇用統計を受けて、9月16~17日の次回FOMCで0.25%の利下げが実施されるとの見方がほぼ完全に金融市場に織り込まれた。年内は合計で0.75%程度の利下げが予想されている。
 
5日の米国市場では、一時1ドル146円台までドル安円高が進んだ。長期金利は大幅に低下し、10年国債金利は4%割れをうかがう情勢となっている。また、米国株価は下落した。利下げ期待の高まりは株価には追い風であるが、弱い雇用統計を受けた米国景気の悪化懸念が利下げ期待を上回る形となった。
 
日本でも、米国の金融緩和期待が株価の追い風となってきたが、今後は米国経済の悪化懸念が逆風になる局面に入る可能性があるのではないか。
 
9月のFRBの利下げ幅は現状では0.25%となる可能性が高いとみられるが、昨年9月と同様に0.5%の大幅な利下げも一部に予想され始めている。9月11日に発表される8月米消費者物価統計が、次の大きな注目材料だ。同統計が予想外に下振れれば、9月に0.5%の大幅な利下げが実施されるとの観測がより強まる可能性もあるだろう。

プロフィール

  • 木内 登英のポートレート

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。