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年次改定暫定値で雇用者増加数は予想外の下方修正

米労働省労働統計局(BLS)は9日に、2024年4月~2025年3月の非農業部門就業者数の増加幅を、91.1万人下方修正した。下方修正幅の事前予想は40万人から100万人程度であり、今回の修正幅はその最大値に近い。
 
この結果、同期間の月平均の増加数は、当初発表の14万7,000人から約7万1,000人へと半減する。これは、トランプ政権発足以前の雇用情勢は、当初の数字が示すものよりも悪かったことを示している。
 
ただし今回の年次改定は暫定値であり、確定値は2026年2月に発表される。昨年発表された2023年4月~2024年3月の雇用者増加数は、暫定値で81.8万人下方修正されたが、確報値では59.8万人へと下方修正幅は縮小した。今回も、確定値で下方修正幅は縮小されるとの見方もある。

年次改定の暫定値を受けてベッセント米財務長官はトランプ大統領を擁護

雇用統計の事業所調査には、新たに生まれた企業による新規雇用は反映されない。また、事業閉鎖に伴う雇用者減少も反映されない面がある。これが速報段階の値だ。そこでBLSは、事業所調査に基づく雇用者増加数に対し、新規企業による雇用者増加数と事業閉鎖による雇用者減少数を暫定的に推計し、オリジナルのデータに調整を施している。これが今回の暫定値だ。景気情勢が悪く、事業閉鎖が通常よりも多くなる局面では、暫定値で雇用者増加数は下方修正されやすい。
 
何四半期も後になってより正確な納税データが入手可能になった時点で、初めて正式な数字が明らかになる。これが来年2月に発表される確報値である(コラム「米雇用者数が年次改定で下方修正:来年の確報値公表を見据えFRBの政策判断に影響も」、2023年8月24日)。
 
年次改定の暫定値を受けてベッセント米財務長官は、「トランプ米大統領が引き継いだ経済状況は報告されていたよりもはるかに深刻だった。FRBが高金利で成長を阻害しているというトランプ氏の指摘は正しい」と、トランプ大統領を援護する発言をした。
 
またレビット大統領報道官は、「BLSは機能不全に陥っている」と批判する声明を公表した。「データに対する信頼と信用を回復するには、まさに新しいリーダーシップが必要だ」と述べ、8月に労働統計局長を解任したトランプ大統領の判断が正しかったと示唆した。

経済統計にまで介入する強権的な政治手法

米大統領経済諮問委員会(CEA)は、BLSの雇用統計データに不備があるとして、BLSを批判的に検証し、これまでの雇用データ修正の概要などを示した報告書を作成している。今後数週間で公表することが検討されている。
 
8月1日に発表された7月雇用統計で、5月と6月の雇用者増加数が大幅に下方修正されたことを受け、トランプ大統領は、BLSが政治的に自分を傷つけるために数字を操作したと非難した。さらに同日にエリカ・マッケンターファー局長の解任を命じた。長年にわたりBLSに批判的だったE・J・アントニ氏をBLS局長に指名した。
 
こうした動きに対して、トランプ大統領は統計の信頼性を大きく損ね、それは経済政策の判断をより難しく、結果的に経済、金融市場を不安定化させる可能性もある。
 
報告書の作成は、トランプ大統領の局長解任を正当化する狙いに加えて、他のBLS職員も解任し、トランプ大統領に都合の良い職員に替えるための口実にされるとも懸念されている。
 
トランプ大統領は、人事を通じて司法、米連邦準備制度理事会(FRB)への介入、そしてインテル、USスチールなど企業への介入を強めている。さらに経済統計にまで政治介入の手を伸ばしており、強権的な手法は一段と広がりを見せている。
 
(参考資料)
「米就業者数、91.1万人下方修正 年次改定の暫定値」、2025年9月10日、ウォール・ストリート・ジャーナル日本版
「トランプ政権、雇用統計の大幅下方修正を批判 労働省とFRBを攻撃」、2025年9月10日、日本経済新聞電子版
「米雇用創出、91万人下方修正 3月までの1年間=労働省基準改定」、2025年9月9日、ロイター通信
「米政権、労働統計局に批判的な報告書準備=関係筋」、2025年9月9日、ウォール・ストリート・ジャーナル日本版

プロフィール

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    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。