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昨年の総裁選とは金融市場の位置づけは異なる

9月7日の石破首相の辞任表明を受けて、今週の日本の株式市場では株価が大きく上昇し、連日の史上最高値更新となった。一般的に、閉塞感がある政権が終わる局面では、新政権の政策への期待から株高になりやすい。
 
さらに現状は、外交・安全保障政策、経済政策で石破政権と対極にある高市元経済安全保障担当相が新総裁に選ばれ、積極財政政策がとられる一方、同氏が望む金融緩和が継続するとの期待が、円安・株高傾向を後押ししている面がある。いわゆる「高市トレード」、「高市ラリー」である。
 
昨年の自民党総裁選でも、高市氏の選出を期待した「高市トレード」、「高市ラリー」が金融市場で見られ、総裁選当日の一回目投票で高市氏がトップになるとその傾向が一段と強まり、決戦投票で石破氏に敗れると、「高市ラリー」が急速に巻き戻され、円高・株安が進んだ。
 
ただし、金融市場にとって今回の総裁選の位置づけは、昨年とは異なる。昨年の総裁選時には、与党は衆参両院で過半数の議席を維持していたが、現在は両院で過半数の議席を失い少数与党となっている。
 
従って、総裁選を勝ち抜き首相になっても、その人が掲げる政策は野党の協力がないと実現できない。高市氏が掲げる積極財政・金融緩和政策は、野党の協力が得られて初めて実現するものだが、野党との連携は、総裁選後までかなり不透明である。

新政権の野党との連携、連立が大きな注目点に

高市氏は消費税の軽減税率を一時ゼロにする政策を掲げている。そうした減税策や積極財政政策は野党の主張と重なる部分があるため、野党の協力を得て実現できる可能性はある。
 
しかし、高市氏の右派色が強い外交・安全保障政策に野党が強い拒否反応を示せば、経済政策も含めて政策連携は難しくなる。高市氏は野党とのパイプは強くなく、野党との調整に長けているようにも見えない。
 
この点を踏まえると、足元の金融市場で見られる「高市ラリー」は、持続性に乏しい可能性がある。金融市場は、総裁選で誰が選ばれるかだけでなく、その後、与党と野党との間にどのような連携がなされ、あるいは連立が組まれるかに大きな関心を示すだろう。その双方とも、現時点で予見するのはかなり難しい。
 
ちなみに、小泉農水相が首相になれば、日本維新の会との連携は強まるとみられ、連立の可能性もあるのではないか。その場合には、父親から引き継いだ小泉氏の改革派としてのイメージと日本維新の会の改革志向が重なり、規制緩和など改革が進むとの期待から、株式市場には好影響が及ぶ可能性がある。総裁選への出馬を宣言した茂木前幹事長も、日本維新の会との連携に言及している。
 
一方、リベラル色がある林官房長官が首相となれば、立憲民主党との連携が強化され、あるいは連立の可能性も出てくるかもしれない。その場合は、政策運営はかなり安定することになるのではないか。

金融政策への影響力行使は野党の協力は必要ない

高市氏が首相になった場合、野党との連携、ましてや連立はかなり難しいように思われる。そのため、積極財政、減税を含め高市氏が掲げる経済政策がどの程度実現するかは不確実性が高い。
 
ただし、金融政策については、口先介入や水面下で日本銀行に緩和維持を求めることは可能だ。それには野党の協力は必要ないことから、高市氏が首相になった場合、日本銀行の利上げには一定程度の障害となり、その結果、為替市場では円安圧力を生じさせる可能性があるだろう。

「金融相場」色の強い株高の背景にはFRBの利下げ期待

ところで、石破首相の辞任表明後の日本の株価上昇は、主に以上で見てきたような国内政治情勢によるものと考えるのは、必ずしも正しくない。足もとでの株高は世界的な現象であり、その背後には米連邦準備制度理事会(FRB)による利下げ期待がある。日米あるいは世界全体でみても経済情勢の先行きに不安はある中、金融緩和期待が株価を押し上げる「金融相場」の色彩が強まっている。
 
しかしFRBの利下げ期待に支えられた「金融相場」には2つの大きなリスクがある。第1に、一般に、景気減速時の「金融相場」は過渡的な現象に終わりやすい。米国景気の減速がさらに明らかになっていけば、株式市場の関心は利下げから景気悪化、業績悪化へと移っていく。そうなれば、米国の株価は調整しやすくなり、その悪影響は日本株にも及ぶだろう。
 
第2に、FRBの利下げはトランプ政権による政治圧力によって促されると金融市場は考えている。物価の上振れリスクが残る中、FRBが政治的圧力の下で積極的な金融緩和を強いられるとすれば、中長期的な物価上昇率の上振れリスクを高め、ドル安を生むことになるだろう。現在の経済環境及びトランプ政権のFRBへの政治介入は、潜在的なドル安リスクを高めている(コラム「米国8月CPIで、9月FOMCでの利下げに向けた最後のハードルをクリア」、2025年9月12日)。その結果、ドル安円高が進めば、日本株には逆風となるだろう。
 
このように足もとで進む日本の株価は、内外双方の側面から持続性に疑問があり、短期間で調整局面へと転じるリスクをはらんでいるのではないか。

プロフィール

  • 木内 登英のポートレート

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。