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為替に関する日米共同声明には協議の終わりを示す狙い

9月12日に、日米の財務相は為替に関する共同声明を発表した。加藤財務相とベッセント米財務長官との間での為替に関する日米協議は、日米関税協議とともに今年4月に始まった。その後、対面での為替協議は4月と5月の2回しか行われなかった。日米関税協議のため、赤澤大臣が4月以降に10回訪米したことと対照的であり、為替について実質的な協議は進まなかったとみられる。そして今回は、対面での協議を行うことなく、為替に関する日米共同声明が発表された。
 
こうした経緯を踏まえると、今回の共同声明はかなり形式的なものであり、実質的な意味は薄いと思われる。この共同声明の最大の狙いは、日米関税協議が合意に達したことを受けて、同時に開始された日米為替協議も終結したことを対外的に示すことにあると思われる。
 
共同声明では、「両国は、為替レートは市場で決定されるべきであり、過度な変動や無秩序な動きは経済および金融の安定に悪影響を及ぼす可能性があることを再確認した」とされた。これは、G7財務相・中央銀行総裁で以前から合意されていることを踏襲したものだ。「財政・金融政策はそれぞれの国内目的を達成するために国内の手段を用いて実施され、競争目的で為替レートを目標にしないという認識を再確認した」という文言も同様である。

トランプ政権は日本銀行の利上げによる円安修正を期待しているか

ただし、一点注目されるのは、「年金基金などの政府投資機関は、リスク調整後のリターンと分散投資の目的で海外に投資を継続し、為替レートを標的にしない」という文言が共同声明に盛り込まれたことだ。
 
これは、米国財務省が6月に公表した為替報告書における日本に関する記述を繰り返したものである。「大規模な公的年金基金など政府系投資機関は、リスクを加味した収益や分散投資のために海外に投資すべきで、競争力を念頭に為替相場を目的にすべきではない」(コラム「米国為替報告書は日銀の利上げによる円安是正効果を評価:ベッセント財務長官のFRB議長起用でトランプ政権の政策は関税からドル安に軸足を移すか」、2025年6月13日)。
 
日本は公的年金基金の海外投資を通じて、事実上円安誘導をしているのではないか、との疑念をトランプ政権は引き続き抱いており、またドル高円安に不満を持っていることを、これは示しているのではないか。
 
また為替報告書では、「日銀の金融引き締め政策は、日本経済の成長率やインフレ率を含むファンダメンタルズ(基礎的条件)に応じて継続的に進められるべきで、これによりドルに対する円安の正常化や必要とされている両国貿易の構造的再均衡化を後押しすることになる」との記述が加えられた。これは、日本銀行の追加利上げを通じて円安修正が進むことを、米国政府が期待していることを示すものだ。
 
今回の声明文では、既に見たように財政・金融政策を、為替レートを目標にして実施しないことを両国で確認した。しかし、トランプ政権が引き続きドル高円安を警戒しており、また、日本銀行の利上げを通じてドル高円安を修正して欲しいと考えているのであれば、今後、日本に対してそうした要請を行う可能性があるのではないか。
 
先月には、ベッセント財務長官が、「(物価高の下で)日本銀行の金融政策は後手に回ってる」とし、利上げを促すような発言をしたことは、そうした議論がトランプ政権内で行われていることを反映している可能性がある。

プロフィール

  • 木内 登英のポートレート

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。